哲学に興味を持って書店の哲学コーナーに足を踏み入れたとき、多くの人が同じ感想を抱きます。どれから読めばいいか分からない、と。
棚には『純粋理性批判』のような重厚な古典、「○○の哲学」と銘打たれた解説書、ビジネスに効く哲学を謳う実用書、海外翻訳の哲学史、子ども向けの哲学絵本までが入り交じっています。最初の一冊で挫折してしまうと、それきり哲学から遠ざかってしまうことも少なくありません。
この記事では、最初の一冊として後悔しにくい入門書を、6つの切り口で13冊+副読本紹介します。哲学者本人の原典に挑戦したい人は、シリーズ第2回「哲学者の本に挑戦する:最初の一冊の選び方」を参照してください。
目次
本サイトの哲学入門ガイド
書籍ではありませんが、最初の入口としてフィロソフィーマップの哲学入門ガイドをおすすめします。全106章を無料で読めます。
入門編は53章、専門編も53章。古代ギリシアから現代、東洋から西洋まで一通り辿れます。ストーリー仕立てで、難しい専門用語は日常語で言い換えてあります。どの章も10分前後で読み切れる長さです。
「本を買う前に、自分が何に興味を持っているか確かめたい」という段階に向いています。気になった哲学者・思想・著作のノードへすぐ飛べるので、興味の地図を作りながら読み進められます。
物語で哲学に出会う
哲学の入口として最も読みやすいのは、物語形式で哲学を体験できる本です。論文を読む構えが要らないので、肩の力を抜いて始められます。
『ソフィーの世界』ゴルデル
ノルウェーの作家ヨースタイン・ゴルデルによる、世界5000万部超のベストセラー哲学小説です。14歳の少女ソフィーが、哲学教師アルベルトから手紙で哲学史の講義を受けながら、自分が「物語の中の登場人物」かもしれないと気づいていく入れ子構造の物語です。
ソクラテス以前の自然哲学者からプラトン・アリストテレス、デカルト・カント、ヘーゲル、サルトルへと、西洋哲学のほぼ全史が物語の進行とともに辿られます。日本語訳は池田香代子訳(NHK出版、1995)が長く読み継がれています。
『論語物語』下村湖人
戦前の教育者・下村湖人が、論語の章句を孔子と弟子のドラマとして再構築した小説です。岩波文庫・講談社学術文庫等で読み継がれているロングセラー。
論語の各章は短く、文脈が省かれているため、原典では「弟子のだれが、どんな状況で、なぜそれを聞いたのか」が見えにくい。本書はそこに想像力を投じ、孔子と弟子たちの息づかいを現代人にも届く物語として再現します。岩波文庫版で約300ページですが、各章が独立した短編として読める構成なので、好きなところから少しずつ進められます。
哲学する体験
哲学とは、答えを覚える学問ではなく、自分で問いを立てて考える営みです。次の2冊は、哲学の知識ではなく「哲学する」という体験そのものを与えてくれます。
『〈子ども〉のための哲学』永井均
タイトルに「子ども」とありますが、本書は大人にこそ刺さる入門書です(講談社現代新書、1996年刊)。
「なぜ僕は存在しているのだろう」「なぜ悪いことをしてはいけないのだろう」という、子どもなら一度は感じたことのある問いから出発します。永井はこれらを大人が「そういうものだ」と片付けてしまう問いとして退けず、むしろ哲学の出発点として真剣に追いかけます。哲学を「自分自身の問いをほどいていく営み」として体験させてくれる稀有な書物です。
『哲学入門』ラッセル
ノーベル文学賞作家でもあるイギリスの哲学者バートランド・ラッセルが、1912年に一般読者向けに書いた入門書です。原書は短く、訳本でも250ページ前後と読みやすい分量で、平明な文章で哲学の根本問題を考えさせてくれます。
「机は本当にそこにあるか」「知覚と物自体の関係」「アプリオリな知識はあるか」「普遍と個物の問題」など、哲学者が二千年悩んできた問いが、現代の読者にも追える形で展開されます。ちくま学芸文庫(高村夏輝訳、2005)が近年の読みやすい訳です。
哲学史を俯瞰する
個別の哲学者を学ぶ前に、哲学史全体の地図を頭に入れておくと、その後の読書が格段にやりやすくなります。
『史上最強の哲学入門』飲茶
サイエンス系著述家の飲茶が、西洋哲学を「真理」「国家」「神」「存在」の4テーマに分け、各分野で次々と現れる哲学者を格闘技のチャンピオン交代劇として描いた入門書です。
前任者の理論を倒して新たな王座につく挑戦者として哲学者が登場するため、議論の論点と打破の論理がはっきりと浮かびます。専門用語は最小限。河出文庫(旧マガジンハウス版)から刊行されています。続編に東洋哲学を扱った『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』があり、二冊で東西を一気に俯瞰できます。
『若い読者のための哲学史』ウォーバートン
英米圏で定番の哲学史入門。原題 A Little History of Philosophy(Yale University Press, 2011)。日本語訳はNHK出版(月沢李歌子訳)から出ています。
ソクラテスからピーター・シンガーまで、40人の哲学者を一人一章ずつ約6〜8ページで紹介します。各章は具体的な思考実験や挿話から入り、その人物が解こうとした問題、出した答え、後の哲学者からの応答という流れで構成されます。著者はオープン大学で長年講義を担当し、ポッドキャスト「Philosophy Bites」のホストとしても知られる、教えるプロです。
現代との接続
哲学史を辿ったあとは、現代の私たちが直面する問題と哲学がどう繋がっているかを示してくれる本に進みます。
『現代思想入門』千葉雅也
20万部超のベストセラーになった現代思想(いわゆるポスト構造主義)の入門書(講談社現代新書、2022年刊)。
デリダ・ドゥルーズ・フーコーという3人の核を、それぞれ一章ずつ取り上げ、学術用語を最小限にとどめて解説します。本書の特徴は、二項対立をずらすという現代思想の基本姿勢を、日常の具体例から説き起こすところ。後半ではラカン・東浩紀ら日本の論者にも触れます。同調圧力で疲れる、白か黒かで語られすぎる議論にうんざりしている、と感じる人にとって、本書は単なる学習以上の効果を持ちます。
『反哲学入門』木田元
戦後日本を代表するハイデガー研究者・木田元による、語り下ろしの哲学入門書(新潮社、2007年刊)。
副題的なテーゼは「哲学とは反自然的な思考である」。木田は、ソクラテス・プラトン以降の西洋哲学が、生成変化する自然のなかから「変わらないもの(イデア・実体・神・主体)」を切り出して特権化してきた歴史を語ります。これは決して人類普遍の知の営みではなく、ギリシア人が始めた一回限りの不自然なプロジェクトだった。だからニーチェ・ハイデガー以降に「反哲学」が登場したのは必然だ、というのが本書の見立てです。
哲学を生活に引き寄せる
哲学は教科書の中だけのものではありません。日常の悩み、人間関係、消費社会への違和感を言語化する道具にもなります。
『暇と退屈の倫理学』國分功一郎
哲学者・國分功一郎による、現代日本で最も広く読まれた哲学書のひとつ(朝日出版社、増補新版は新潮文庫)。
「人はなぜ退屈するのか」というハイデガー由来の問いから出発し、パスカル・ルソー・ハイデガー・ボードリヤール・ドゥルーズ=ガタリの議論を辿りながら、贅沢を享受する技能を身につけよ、という結論にたどり着きます。入門書の枠には収まらないボリュームですが、文体は驚くほど平易で、読み物として一気に進みます。哲学が単なる学問史ではなく、自分の生き方を変える可能性を持つことを実感できる一冊です。
『愛するということ』フロム
ドイツ生まれのアメリカの思想家エーリッヒ・フロムによる、世界的ロングセラー(紀伊國屋書店、原著1956)。
本書のテーゼは明快です。愛とは感情ではなく、技術である。本を読み、楽器を弾けるようになるのと同じく、愛も練習と訓練を通して身につけるべき能力だ、と論じます。訳本で250ページ前後の中編に、現代の私たちが「愛」と呼んでしまう感情依存・所有欲・幻想を解きほぐす議論が凝縮されています。日本語訳は鈴木晶訳(紀伊國屋書店)が定番です。
哲学のとなりにある本
哲学書ではないけれど、哲学的な問いを真正面から扱う本があります。文学・童話・手記といったジャンルの違いはあっても、読み終わったあと、自分の生について考えずにはいられない作品です。
『君たちはどう生きるか』吉野源三郎
ジャーナリスト・編集者・児童文学者の吉野源三郎が、戦時下の1937年に書き上げた児童向け教養小説。岩波文庫で長く読み継がれ、2017年の漫画化と2023年の宮崎駿による同名映画化により再ブームを迎えました。
中学生コペル君と亡き父の弟である叔父さんとの対話を軸に、銀座を見下ろして自分の小ささに気づく経験、貧しい同級生との関係、友人を裏切ってしまう挫折といった出来事が丁寧に描かれます。社会的存在としての自己の発見、他者への責任、過ちから学ぶ姿勢といった近代倫理学の核心が、子どもの体験を通して伝わってきます。
『星の王子さま』サン=テグジュペリ
フランスの作家・飛行家サン=テグジュペリによる童話。世界150以上の言語に翻訳され、聖書に次ぐ翻訳数を誇る20世紀の名作です。
砂漠に不時着したパイロットと、小さな星から来た王子さまとの対話を通して、「大切なものは目に見えない」「絆は時間をかけて作られる」「大人たちは数字でしか物事を測れなくなってしまった」といった主題が、誰にでも届く言葉で語られます。哲学的な解釈の蓄積が圧倒的に分厚く、読み返すたびに違うことを発見できる稀有な書物です。日本語訳は内藤濯訳(岩波書店)が古典的定番、池澤夏樹訳(集英社文庫)・河野万里子訳(新潮文庫)など新訳も選択肢が豊富です。
『夜と霧』フランクル
オーストリアの精神科医ヴィクトール・フランクルが、自身のアウシュヴィッツ強制収容所体験を記した手記。ロゴセラピー(意味の心理療法)の創始者でもあるフランクルは、極限状況のなかでも「人生からの問いに応答する」ことが可能だと書きます。
世界1000万部を超える哲学的読書の定番です。霜山徳爾訳の旧版、池田香代子訳の新版(みすず書房)が広く読まれており、新版の方が現代日本語として読みやすい。
副読本:手元に置いておく一冊
最後に、入門書を読み進めるときに脇に置いておくと学習効率が上がる参考書を一冊紹介します。
『倫理用語集』山川出版社
高校倫理の用語集として大学受験対策で広く使われる定番書。哲学者・思想・宗教・心理学などの主要用語を簡潔に解説しています。
入門書を読んでいて知らない用語に出会ったとき、本書を引けばその場で意味を確認できます。価格も安く(800円程度)網羅性は高い。読書のスピードと理解の精度を同時に上げたい初学者にとって、信頼できる伴走者となります。
おわりに:何冊か読んでみて
入門書は一冊で終わるものではありません。2〜3冊を並行して、あるいは続けて読むことで、同じ哲学者についての異なる切り取り方が見え、理解が立体化します。
たとえば「ニーチェ」だけ取り上げても、飲茶『史上最強の哲学入門』では格闘技のチャンピオンとして、ウォーバートン『若い読者のための哲学史』では哲学史上の挑戦者として、永井均『〈子ども〉のための哲学』では〈私〉の問いを投げかける同志として描かれます。同じ人物が三人三様に立ち上がってきたとき、ようやく哲学者の輪郭が掴めてきます。
入門書で輪郭が見えてきたら、次は哲学者本人の言葉に触れる段階です。原典に挑戦するための選び方は、シリーズ第2回「哲学者の本に挑戦する:最初の一冊の選び方」で扱います。