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純粋理性批判

じゅんすい りせい ひはん

カント·近代

経験主義と合理主義を統合した近代哲学の最高峰

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哲学

この著作について

ケーニヒスベルクのカントが18世紀末に公刊した、近代哲学の金字塔。人間の認識能力の限界と可能性を徹底的に吟味する。

【内容】

全体は感性論・分析論・弁証論の三部からなる。人間の認識は経験なしには始まらないが、すべてが経験から来るわけではない、という立場から、経験主義合理主義を統合する「コペルニクス的転回」を行う。空間と時間は主観がもつ直観の形式、因果性などのカテゴリーは悟性の働きであり、私たちは「物自体」ではなく「現象」のみを認識すると論じた。神の存在証明・魂の不死・意志の自由は理性の限界を超える問題として、理論理性では決着しないと判断を保留する。

【影響と意義】

ヒュームの懐疑論に揺さぶられたカントが、認識の土台そのものを建て直した書物。以後のすべての西洋哲学がカントとの対話を余儀なくされ、ドイツ観念論・新カント派・現象学分析哲学までもが、ここを避けて通れない。認識論だけでなく倫理学・美学にも同時期の「批判」シリーズで革命をもたらした。

【なぜ今読むか】

難解さで知られるが、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」という発想の転換は、理解できれば世界の見方が一変する。物事をどう見るかの枠組みを自覚する訓練として、今もまったく古びない。

さらに深く

【内容のあらまし】

序文でカントは哲学の現状を嘆く。形而上学は果てしない論争のなかで停滞しており、独断と懐疑のあいだで揺れている。これを打開するため、認識能力そのものを裁判にかけるのが本書の課題だ。「対象が認識に従う」というコペルニクス的転回がここで宣言される。

本論は三部に分かれる。「先験的感性論」では空間と時間が論じられる。両者は外界に存在する物ではなく、私たちが直観する際の主観的形式であり、だからこそ数学が普遍的に成り立つ。「先験的分析論」では悟性のカテゴリーが分析される。量・質・関係・様相に分かれる十二のカテゴリーは、経験を経験として組み立てる枠組みであり、因果性もそのひとつだ。ヒュームの懐疑にカントはこう答える。因果は経験から抽出されるのではなく、経験を可能にする条件として悟性に備わっている、と。

圧巻は「演繹論」と呼ばれる難所である。多様な感覚が「私はそれを思考する」という統覚のもとで統一されることで、初めて対象的経験が成立する。この自己意識の働きとカテゴリーの適用が同じ一つの構造であるという議論が積み上げられていく。

「先験的弁証論」では理性が経験の限界を越えようとして陥る錯覚が暴かれる。魂の単純性を証明しようとする「誤謬推理」、世界の有限と無限のように両立する論証を生む「アンチノミー」、神の存在を概念から導く「存在論的証明」。これらはいずれも経験を超えた領域へカテゴリーを当てはめた結果、避けがたく生じる仮象だ。神・魂・自由は理論的に証明も反証もできない。それでも実践理性のために「物自体」の余地は残される。批判の刃は形而上学を破壊するのではなく、その健全な使い方を画定するために振るわれる。

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