入門書を何冊か読んで哲学の地図がぼんやりと見えてきたら、次は哲学者本人の言葉に触れたくなる人が多いはずです。
ただ、原典は決して易しくありません。書店で『純粋理性批判』を手に取ってみて、序文の数ページで挫折した経験を持つ人もいるでしょう。「自分には哲学は無理かもしれない」と諦めるのは早い。原典の難易度には大きな幅があり、選び方を間違えなければ、初学者でも読み切れる古典は意外に多いのです。
この記事で「原典」と呼ぶのは、哲学者本人が書き残した著作だけでなく、弟子が直接書き留めた語録(『論語』『歎異抄』など)も含みます。
哲学初心者でも読み通せる古典を6冊、その先のもう一段上を目指す人のための古典を3冊、合わせて9冊を紹介します。シリーズ第1回「哲学を初めて学ぶ人のための入門書ガイド」で解説書を読んでから来た人にも、まだ何も読んでいない人にも開かれています。
目次
原典に挑戦するときの3つのコツ
具体的な本に入る前に、原典で挫折しないためのコツを3つだけ。
- 最初は短い本を選ぶ。100〜200ページ前後の哲学書は、哲学者の核心が凝縮されていることが多い。長大な体系書(『純粋理性批判』『精神現象学』など)は最初の一冊にしない
- 対話篇・断章・随想形式を優先する。論証が一直線に組まれた論文型より、対話や短い断片の集積のほうが、現代人の読書感覚と合う
- 翻訳は新しいものから試す。古い名訳が読み継がれている古典もあるが、初学者は基本的に「ここ20年以内に出た訳」を選ぶと安全。日本語そのものが読みやすい
短くて読み通せる古典
『ソクラテスの弁明』プラトン
100ページ前後の短編。古典哲学の入口として最強の一冊です。
師ソクラテスが裁判で死刑判決を受ける場面を、弟子プラトンが描いた対話篇。「無知の知」「魂の世話」「不当な死を恐れない理由」といった思想史を貫く主題が、ドラマとして展開します。論文ではなく法廷弁論なので、語り口が生き生きとしていて読みやすい。短いので一日で読み切れます。
岩波文庫(久保勉訳)が定番、光文社古典新訳文庫(納富信留訳)はより新しく読みやすいです。最初は光文社版を推します。次に読むなら『饗宴』(愛と美をめぐる対話篇、これも短く読みやすい)。
『自省録』マルクス・アウレリウス
ローマ皇帝による哲学日記。古代ストア派の思想を、戦地のテントで自分のために書き留めた断章集です。
体系的な議論はありません。「他人を変えようとするな、自分の判断を変えよ」「死は自然の一部だ、恐れることはない」といった教えが、繰り返し書きつけられます。順番に読まなくていいので、好きなページから開ける気軽さも魅力です。ストア派の倫理観は、現代のマインドフルネスや認知行動療法の原点とも言われ、生きづらさを感じている人に静かに効きます。
岩波文庫(神谷美恵子訳)が日本語の名訳として読み継がれています。次に読むならエピクテトス『人生談義』(ストア派のもう一つの古典、これも断章集)。
『方法序説』デカルト
近代哲学の出発点。「我思う、ゆえに我あり」が登場する短い書物です。
驚くべきはその短さ。本編は100ページ程度で、デカルト自身が「読みやすさ」を意図して、当時の学術言語ラテン語ではなくフランス語で書いています。自伝的な語り口で進むため、論文を読むという身構えが不要です。「すべてを疑ってみる」という思考実験を、読者が一緒に追体験できる構成になっています。
翻訳は岩波文庫(谷川多佳子訳)が現代日本語として最も読みやすい。次に読むならデカルト『省察』(本格的な認識論、ただし難易度はぐっと上がる)。
『論語』
東洋思想の入口として最強の古典。孔子本人の著作ではなく、弟子たちが師の言行を記録した断章集ですが、孔子の思想に最も近い直接記録として、二千年にわたり東アジアの教養の中核を成してきました。
各章は2〜3行程度の短さ。難解な抽象論ではなく、具体的な人物への助言として語られているため、現代人の読書感覚と相性がいい。「学ぶことの意味」「友との関係」「リーダーのあり方」といった主題が、対話のなかから立ち上がります。西洋哲学とは異なる「人格の完成を目指す」という思想の枠組みを、生身の言葉で体感できる稀有な書物です。
翻訳は岩波文庫(金谷治訳注)が定番中の定番、注も丁寧。講談社学術文庫(加地伸行訳注)も読みやすい。次に読むなら『老子』(道家の根本書、こちらも短い断章集)。
『歎異抄』
浄土真宗の開祖・親鸞本人の著作ではなく、弟子の唯円が師の言葉を聞き取って書き留めた語録です。親鸞の思想に最も近い直接記録として、100ページ程度の短さに信仰の核心が凝縮されており、東洋思想の名作として版を重ね続けています。
「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という有名な「悪人正機」の教えをはじめ、阿弥陀仏の本願にすがる絶対他力の思想が、簡潔な日本語で書きつけられています。論理を辿る書物ではなく、信仰の核心を言葉で示した書物です。哲学書として読むのではなく、宗教思想の核心に触れる体験として読むと得られるものが多い。
翻訳は岩波文庫(金子大栄校注)が定番、講談社学術文庫(梅原猛訳・解説)は現代語訳が読みやすい。
『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン
命題部分だけならわずか80ページ。短さでは古典屈指で、20世紀の分析哲学を切り拓いた最重要文献です(岩波文庫版は注解込みで約300ページ)。
「世界は事実の総体である」から始まり、「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」で終わる七つの主命題と、それを補足する番号付き命題で構成されます。普通の哲学書のように段落で論証する形式ではなく、命題が階層的に並ぶ独特の構造です。一読しただけで意味を掴むのは難しいですが、命題を一つずつ眺めていくだけでも独特の知的体験があります。解説書(永井均『ウィトゲンシュタイン入門』ちくま新書など)と併読すると、20世紀分析哲学の出発点に立ち会う実感が深まります。
翻訳は岩波文庫(野矢茂樹訳、2003)が現代日本語として最も読みやすい新訳です。光文社古典新訳文庫(丘沢静也訳)も丁寧な訳注で評価されています。
もう一段上を目指す人へ
短い古典を読み通せたら、次の段階の古典に挑戦してみてください。長さ・難しさはぐっと上がりますが、哲学史の核心に直接触れる体験ができます。
『ニコマコス倫理学』アリストテレス
西洋倫理学の根本書。「徳とは何か」「幸福とは何か」を体系的に論じた古代ギリシアの古典です。
岩波文庫上下巻で約700ページの大著ですが、章ごとに独立して読める構造のため、最初から最後まで一気読みする必要はありません。まず第一巻(幸福論)と第二巻(徳論)だけ読んでみるだけでも、二千年の倫理学の出発点に触れる体験ができます。徳倫理学のルネサンスが起きている現代において、原典に当たる価値は大きい。
翻訳は岩波文庫(高田三郎訳)が定番。京都大学学術出版会から出ている朴一功訳(西洋古典叢書)は新しく読みやすい現代語訳です。光文社古典新訳文庫(渡辺邦夫・立花幸司訳)もあります。
『道徳形而上学原論』カント
『純粋理性批判』に挑む前の、カント倫理学の入口として最適な短い書物です(ドイツ語原題は Grundlegung zur Metaphysik der Sitten、1785年刊)。
100〜150ページ程度に、定言命法・人格の尊厳・自律と他律といったカント倫理学の中心概念が凝縮されています。論証の密度は高く、一文一文を噛みしめるように読む必要がありますが、それだけに読み終えたあとの達成感は格別です。
翻訳は岩波文庫(篠田英雄訳『道徳形而上学原論』)が古典的定番、光文社古典新訳文庫(中山元訳『道徳形而上学の基礎づけ』)が新訳として読みやすい。中公クラシックス(野田又夫他訳『人倫の形而上学の基礎づけ』)も入手しやすい。
『パンセ』パスカル
「人間は考える葦である」が登場する断章集。パスカルが体系的な書物を完成させる前に亡くなったため、遺された断片を編集して刊行された大著です。
各断章は数行から数ページと短いものの、合計800以上の断章があり、全体としてはかなりのボリュームになります。気が向いた断章だけ拾い読みできる構成なので一気に読み通す必要はありません。「人間は天使でも獣でもない、両者の間に揺れる存在だ」「神を信じる方が損が少ない」(賭けの議論)など、現代でも刺激的な思考が散りばめられています。数学者・物理学者であり、信仰の人でもあったパスカルの矛盾した魅力が、断章の積み重ねから浮かび上がります。
翻訳は中公文庫(前田陽一・由木康訳)の三巻本が定番、岩波文庫(塩川徹也訳)は新訳として読みやすい。次に読むならモンテーニュ『エセー』(同じく断章的、自分について書く近代エッセイの祖)。
翻訳の選び方の補足
複数の翻訳がある古典を選ぶときの目安です。
- 岩波文庫:定番だが、訳が古い場合は読みにくい
- 光文社古典新訳文庫:「いま読みやすい」を意識した新訳シリーズ。初学者に最適
- 講談社学術文庫:解説と注が手厚く、独学向き
- 中公クラシックス/中公文庫:定評ある名訳が多い
迷ったら、書店で冒頭ページを見比べるのが一番です。同じ哲学者の同じ箇所を、訳によって読み比べると、驚くほど印象が変わります。
おわりに:原典読書の楽しみ
原典を読む醍醐味は、自分の頭で哲学者の思考を再演することにあります。解説書では「カントは○○と言った」と要約されてしまう箇所も、原典では哲学者が言葉を選び、議論を組み立てていく現場を一緒に歩けます。
原典を一冊読み通したら、人物で学ぶからその哲学者の詳細ページに戻ってみてください。さらにシリーズ第1回「哲学を初めて学ぶ人のための入門書ガイド」で紹介した解説書を読み返すのもおすすめです。原典を経たあとでは、解説書の文章一つひとつが立体的に響くようになっています。これが「自分で原典を読んだ人」だけが得られる読書体験の厚みです。