『愛するということ』
あいするということ
エーリッヒ・フロム·現代
フロムが「愛は技術だ」と説く、現代の愛の哲学の古典
この著作について
社会心理学者エーリッヒ・フロムが、愛を受け身の感情ではなく積極的な技術として論じた20世紀の古典。恋愛論の枠を超え、生き方の書として読まれ続けている。
【内容】
恋に「落ちる」ことと「愛する」ことを峻別《しゅんべつ》し、愛は絵や楽器と同じく学習によって身につく技術だと主張する。自己愛・母性愛・異性愛・神への愛など様々な愛の形を分析し、成熟した愛とは「自立した二人が一つになりながらも二人であり続ける」ことだと定義する。愛の基本要素として、配慮・責任・尊敬・知の四つを挙げ、それらを欠いた現代社会の愛の退廃を鋭く批判する。
【影響と意義】
1956年の刊行以来、世界で数千万部を売り上げた超ロングセラーである。精神分析とマルクス主義と仏教的ヒューマニズムを融合させたフロムの思想を最もわかりやすく示す書であり、心理療法・教育・宗教論の領域に広く影響を与えた。「愛することは能力の問題である」という視点は、恋愛マニュアル文化を根底から問い直す。
【なぜ今読むか】
マッチングアプリで相手を探しても満たされない、という現代的な空虚さに正面から応える一冊。愛を与える力を育てるという発想は、人間関係全般を見直す鍵になる。
さらに深く
【内容のあらまし】
フロムは冒頭で挑発的な問いを投げる。多くの人にとって愛とは「愛される」ことの問題であり、そのために容姿を磨き、地位を求め、性的魅力を演出することに腐心している。しかし本当の問いは「愛する能力をどう育てるか」である、と彼は言う。愛は偶然落ちてくる感情ではなく、絵画や音楽と同じく学習可能な技術である、というのが本書の出発点である。
第二章でフロムは、愛が応えようとしている根本的な問題を提示する。人間は自然から切り離され、自分が一人であることを意識してしまう生物であり、その分離の不安をどうにか乗り越えようとして生きている。祭りの陶酔、集団への同調、創造的労働、そして愛の合一。このうち成熟した解決は、自分を失わずに二人になる愛しかない。愛とは「合一しながら、自分を保つ」逆説的な技術である。
中盤では愛の四つの構成要素として、配慮・責任・尊敬・知が挙げられる。配慮とは相手の生命と成長への能動的な関心、責任とは相手の必要に応える備え、尊敬とは相手をあるがままに見る能力、知とは相手の核に触れようとする粘り強い努力である。これらを欠いた愛は、依存や所有や偶像崇拝に転落する。フロムはさらに、母性愛・父性愛・兄弟愛・性愛・自己愛・神への愛と、愛の対象別の様式を順に分析していく。なかでも自己愛と利己心を厳密に区別する議論は本書の独特な点で、自分を愛せない者は他人も愛せないと結論づけられる。
後半は現代社会論である。資本主義の市場原理は、人間関係をも商品交換に変質させ、男も女も自分を売れる「パッケージ」として演出するよう仕向ける。愛はチームワーク、相性、調整の問題に矮小化される。これに抗うには、規律・集中・忍耐・最高の関心を払う訓練が要る。本書は最終章で、愛の修練は信仰と勇気の修練でもあると説き、社会の構造そのものを愛しやすい方向へ変えていくことの必要性で締めくくられる。
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