『西洋哲学史』
せいようてつがくし
現代
ラッセルによる西洋哲学の通史
この著作について
バートランド・ラッセルが第二次大戦中のアメリカ滞在時代に執筆し、一九四五年に刊行した哲学史の大著で、ベストセラーとなって著者のノーベル文学賞受賞の一因ともなった作品。
【内容】
本書は、古代ギリシアの自然哲学者から説き起こし、ソクラテス・プラトン・アリストテレス、ヘレニズム諸学派、教父哲学、スコラ哲学、ルネサンス、デカルト・スピノザ・ライプニッツの大陸合理論、ロック・バークリー・ヒュームのイギリス経験論、ルソーと啓蒙思想、カント、ドイツ観念論、功利主義、ニーチェ、プラグマティズム、そしてベルクソン、デューイまでを一貫したラッセル自身の視点から論じる。各思想家の教説を、政治状況、宗教改革、産業革命といった社会的背景と関連づけて描写する構成が特徴である。
【影響と意義】
ラッセル自身が分析哲学の創始者の一人として明確な価値観を持つため、記述は公平というよりも強い個性を帯びる。プラトンとヘーゲルへの痛烈な批判、ロックやミルへの共感などは有名である。一方で、その偏向ゆえにむしろ哲学史を「論争の現場」として読者に提示し、専門家の無味乾燥な哲学史と一線を画している。
【なぜ今読むか】
哲学史を中立的な教科書ではなく、一流の知性による批評として読む楽しさを教えてくれる。賛同も反論も含めて、自分の哲学観を鍛え上げるための最良の論敵になってくれる、一度は通りたい通史である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書はラッセルが大戦中にアメリカに滞在しバーンズ財団などで行った講義をもとにした哲学史で、一九四五年にニューヨークで刊行されベストセラーとなった。冒頭でラッセルは哲学を社会の真空でなく、政治・宗教・科学の緊張のなかに置き直すと宣言する。各思想家は自分の時代の問題への応答として描かれる。
第一部「古代哲学」は、ミレトスのタレスから始まる。イオニア自然学、ピタゴラス、ヘラクレイトス、パルメニデスが順に紹介され、各々の宇宙論が宗教的・社会的背景とともに位置づけられる。続いてソクラテス、プラトン、アリストテレスへ進むが、プラトン評価は辛辣で、『国家』の理想国家の全体主義的傾向を批判する。アリストテレスについては、先人を大きく超えた前進は認めつつ、その論理学は後に二千年以上の停滞が続く行き止まりだったと断じ、自然学も近代科学に照らせばほぼ受け入れられないとする。ストア派、エピクロス派、懐疑派はヘレニズム世界の不安と関連づけて論じられる。
第二部「カトリック哲学」では、初期教父からスコラ哲学までを扱う。アウグスティヌス、トマス・アクィナスへの記述は丁寧だが、ラッセルの世俗的立場ゆえ、神学的議論への共感は薄い。それでもイスラーム哲学の影響、唯名論と実在論の対立、教会と国家の権力関係が一貫して織り込まれ、思想史的見取り図は明快である。
第三部「近代哲学」が本書の中心である。ルネサンスと宗教改革を経て、デカルト、スピノザ、ライプニッツの大陸合理論、ロック、バークリー、ヒュームのイギリス経験論、ルソーと啓蒙思想、カントへ進む。ラッセルはロックを高く評価する一方、ルソーには厳しく、全体主義の遠い祖先と位置づける。カントについては、近代最大の哲学者とする通説には与しないものの、その重要性は認める。一方、後継のドイツ観念論、特にヘーゲルへの批判は容赦ない。フィヒテ、シェリング、ヘーゲルは論理の混乱と政治的反動の温床として描かれる。
最終部では、功利主義のベンサムとミル、ニーチェ、プラグマティズムのジェイムズとデューイ、ベルクソンが論じられ、最後の章でラッセル自身の立場である論理分析の哲学が語られる。
本書は哲学の通史というより、ラッセルという一個の知性が二千年の哲学者たちと交わした論争の記録である。賛同も反論も含めて、自分の哲学観を磨く対話相手になる。
著者
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