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中世西洋

トマス・アクィナス

Thomas Aquinas

1225年1274年

信仰と理性の調和を説いたスコラ哲学の大成者

スコラ哲学自然法神学
アクィナス

この人物について

信仰と理性の調和を壮大な体系にまとめ上げた中世最大の知性。アリストテレス哲学とキリスト教神学を統合し、今なおカトリック思想の柱であり続ける。

【代表的な思想】

■ 神の存在の五つの道

運動・原因・偶然性・完全性・目的性という五つの経路から、理性によって神の存在を証明しようとした。信仰に頼らずとも理性で神に至りうるという立場が画期的であった。

■ 自然法論

人間の理性は神の永遠法に参与しており、善を為し悪を避けるべきだという基本的な道徳法則を認識できるとした。この自然法思想は近代の人権論や国際法の基盤となった。

■ 信仰と理性の調和

信仰と理性は矛盾するものではなく、それぞれ異なる領域で真理に至る二つの道であるとした。理性は信仰の「前庭」として、信仰の合理的基盤を提供する。

【特徴的な点】

アウグスティヌス新プラトン主義に依拠したのに対し、トマスはアリストテレスの経験的・論理的方法を全面的に採用した。膨大な神学大全は問い・反論・回答という精緻な構成で、知の百科全書とも言える。

【現代との接点】

自然法に基づく人権論、徳倫理学の復興、生命倫理の議論においてトマスの思想は参照され続けている。信仰と科学の関係を考える上でも、その調和的アプローチは示唆に富む。

さらに深く

【思想の形成】

トマス・アクィナスは1225年頃、南イタリアのロッカセッカ城に貴族の家柄の末子として生まれた。五歳でモンテ・カッシーノ修道院に預けられ、ナポリ大学でアリストテレスに出会う。家族の猛反対を押し切って新興の托鉢《たくはつ》教団ドミニコ会に入り、パリとケルンでアルベルトゥス・マグヌスに師事してアラビアを経由して伝わった新しいアリストテレス哲学の研究に没頭した。パリ大学神学部教授として二度教壇に立ち、イタリアでは教皇庁の神学顧問を務めた。主著『神学大全』は問い・反論・主体的回答という精緻な問答形式で約三千の項目を論じた体系的大著である。1274年、リヨン公会議に向かう途上で発病し49歳で没した。晩年にミサ中の神秘体験を経て「これまで書いたものはすべて藁にすぎない」と述べ、執筆を中断したと伝えられる。

【思想的意義】

トマスの中心的課題は信仰と理性の関係である。両者は矛盾しないだけでなく互いを補完し合うとされた。理性は自然の光によって神の存在や自然法の内容を認識できるが、三位一体や受肉《じゅにく》といった超自然的真理には信仰の光が必要である。神の存在を五つの道で論証した「五つの道(五道《ごどう》)」は哲学的神学の古典となった。倫理学ではアリストテレスの徳論をキリスト教に統合し、自然的徳(思慮・正義・勇気・節制)に対して信仰・希望・愛の神学的徳を重ねた。自然法論においては「理性的被造物《ひぞうぶつ》が永遠法に参与すること」として法を定義し、人定法《じんていほう》も自然法に適合する限りで拘束力を持つとした。この枠組みは後世の法哲学と人権思想の重要な源流となる。

【影響と継承】

トマスの思想は1323年の列聖《れっせい》と1567年の「教会博士」宣言を経て、カトリック神学の標準的枠組みとなった。16世紀のフランシスコ・デ・ビトリアら「サラマンカ学派」は自然法論を国際法と人権論に応用し、グロティウスの国際法論の源流となった。19世紀末の教皇レオ13世は回勅「アエテルニ・パトリス」で新トマス主義を奨励し、マリタン、ジルソンらがこれを20世紀の哲学・政治思想に接続した。現代の徳倫理学、リベラリズム批判、自然法論再評価の議論でも繰り返し参照される。

【さらに学ぶために】

神学大全は膨大だが、創文社版の邦訳が利用できる。稲垣良典《いながきりょうすけ》トマス・アクィナスは日本語で読める優れた入門書である。山本芳久《やまもとよしひさ》トマス・アクィナス:理性と神秘は近年の定評ある入門として薦められる。

主な思想

対立する哲学者

影響を受けた人物

影響を与えた人物

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関連する著作

著作神学大全

中世スコラ哲学の最高峰にしてキリスト教思想の体系

著作知性の単一性について

アヴェロイストの知性単一説を論駁したトマスの短編論文。

著作トマス・アクィナス稲垣良典

稲垣良典によるトマス・アクィナス哲学の平易な入門書

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