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専門編 · 思想運動と流派 · 第95

ロールズ以後の政治哲学

1974年、35歳でハーバード大学哲学科の同僚教授だったロバート・ノージックは、アナーキー・国家・ユートピアを出版します。年下の同僚が、ロールズ正義論に対する最も鋭利えいりなリバタリアン的反論を提示した。ロールズはこれを真摯に受け止め、両者は数十年にわたって対話を続けます。本章ではロールズ以後の英米政治哲学の地形を辿ります。

ノージックのリバタリアニズム — 自己所有から

ノージックの根本テーゼは「自己所有」です。各人は自分の身体・能力・労働の正当な所有者であり、その自由な処分から得られた財産は、絶対に保護されるべき権利を持つ。ジョン・ロックの自然権理論を最も厳格に展開したこの立場は、累進課税るいしんかぜいを「強制労働の一形態」として批判する過激な含意を持ちます。

ノージックが提案する「最小国家」は、強制・盗難・契約違反からの保護に限定された機能を持つにとどまる。「最小国家を超えた国家は人々の権利を侵害するため正当化されない」というのが彼の結論でした。ロールズの差異原理が要請する財の再分配は、ノージックから見れば自己所有権しょゆうけんへの侵害です。1980-90年代以降、リバタリアニズムは経済学者ハイエクと結合して、新自由主義の理論的支柱となります。

サンデル・テイラー — 共同体主義の応答

1982年、29歳のマイケル・サンデルリベラリズムと正義の限界でロールズを批判しました。ロールズが原初状態で想定する自己は、自分の人生計画・所属共同体・歴史的位置から完全に切り離された「負荷なき自己」です。だが現実の人間は、そのような抽象的存在ではなく、特定の共同体に属し、特定の善の構想を共有して生きている。

チャールズ・テイラー自己の源泉アラスデア・マッキンタイア美徳なき時代、マイケル・ウォルツァー正義の領分。これらは「共同体主義」と総称されますが、各論者の立場は微妙に異なります。共通するのは、自由主義の中立性ちゅうりつせいの理想が、実は特定の文化的・歴史的伝統を前提にしているという批判です。サンデルは2010年代にこれからの正義の話をしようで、世界的なベストセラー作家にもなりました。

セン・ヌスバウム — ケイパビリティ・アプローチ

ハーバードの経済学者アマルティア・センと哲学者マーサ・ヌスバウムは、ロールズに別の応答を提示しました。彼らが導入した「ケイパビリティ(capability)」概念は、ある人ができることの範囲、つまり「何になれるか・何ができるか」の幅を指します。所得や財の分配だけを問題にするロールズの基本財アプローチでは、障害や文化的差別の影響を捉えきれない、と。

1998年、センはノーベル経済学賞を受賞し、ケイパビリティ・アプローチは国連開発計画(UNDP)の「人間開発指数」として政策実装されました。ヌスバウム女性と人間開発で、文化相対主義に屈せずに普遍的な「中心的能力ちゅうしんてきのうりょく」(生命、健康、感情、実践理性、所属など10項目)のリストを提案します。フェミニズムと開発倫理の交差点として、ケイパビリティ論は今も拡張され続けています。

闘技的政治と承認の政治

ベルギーの政治哲学者シャンタル・ムフは政治的なものの帰還闘技的民主主義で、リベラルな合意モデルを批判しました。政治の本質は対立であり、対立を消そうとする討議的合意モデルは、かえって政治を脱政治化してしまう。「敵」と「友」の区別を維持しつつ、それを暴力ではなく「闘技とうぎ(agon)」として制度化することが民主主義の課題だ、と。

アクセル・ホネットの承認をめぐる闘争は、ヘーゲルの承認概念を現代の社会運動に応用しました。フェミニズム・LGBTQ+・移民・先住民・障害者運動は、富の再分配だけでなく、自己同一性の承認をめぐる闘争として読み直されます。アイリス・ヤング正義と差異の政治、ナンシー・フレイザーの再分配と承認の対話。21世紀の政治哲学は、ロールズが残した課題を多様な方向に展開しています。次章では、政治・経済・文化を貫く別の伝統、社会理論に進みます。