『美徳なき時代』
びとくなきじだい
アラスデア・マッキンタイア·現代
現代道徳哲学の危機を診断し徳倫理学の復権を訴えた現代倫理学の転換点
この著作について
スコットランド出身の哲学者アラスデア・マッキンタイアが、英米倫理学の混乱を徹底的に診断し、徳倫理学の復権を訴えた二十世紀倫理学の転換点となった著作。
【内容】
冒頭の有名な思考実験では、科学書を焼き尽くしたあと、わずかな語彙と切れ切れの文章だけを継ぎ合わせて科学を再興しようとする社会が描かれる。マッキンタイアは、現代の道徳言語がそうした断片化された状態にあり、正義や徳をめぐる議論が互いにかみ合わないまま進行していると診断する。続いて、ニーチェと感情主義倫理学への批判、近代道徳哲学の破綻の系譜、ホメロスからアリストテレスに至る徳の概念の歴史、「実践」「人生の物語的統一」「共同体の伝統」の三つを核とする徳倫理の再構築が論じられる。
【影響と意義】
本書の登場以降、英米倫理学において徳倫理学のルネサンスが起こり、アンスコム、フット、ハーストハウスらの研究が花開いた。同時に、リベラリズムの普遍的正義論を共同体的立場から批判する「共同体主義論争」の中心文献となり、現代政治哲学・教育哲学・医療倫理でも絶えず参照される。
【なぜ今読むか】
価値観の分断が進み、共通の道徳語彙を失ったように感じる現代に、徳や善き生という古い語彙を再び考え直す枠組みを提供する。長いが読み応えのある、しかし手元に置いておきたい重要な書物である。
さらに深く
【内容のあらまし】
冒頭で「災害後の科学」のたとえが示される。科学書を焼き尽くした後、わずかな語彙と切れ切れの文章だけが残った社会を想像せよ。彼らは断片を継ぎ合わせて科学を再興しようとするが、もはや科学的探究の文脈は失われている。マッキンタイアは、現代の道徳言語が同様に断片化された状態にあると診断する。「権利」「正義」「義務」を語る私たちは、その言葉が本来属していた共同体的・目的論的文脈を喪失したまま使い続けている。
第二章では感情主義(emotivism)批判、第三章ではニーチェへの応答が展開される。第四〜八章では啓蒙以降の道徳哲学(カント・ベンサム・キルケゴール)が、神学的目的論を捨てたために普遍的根拠づけに失敗したという系譜が辿られる。
第九〜十二章は対比として、ホメロスからアリストテレスに至る古代ギリシアの徳倫理が再構成される。「善き生」が共同体の物語のなかでしか描けないこと、徳が「人間の固有機能」を実現するための性格特性であることが示される。第十三〜十六章ではスコラ哲学・近代の徳倫理の継承と失敗が辿られる。
第十七章以降でマッキンタイア独自の徳倫理が再構築される。中核は「実践(practice)」「人生の物語的統一」「共同体の伝統」の三層構造である。徳は社会的に確立された協同的な実践のなかで習得され、人生という時間的な物語のなかで統合され、特定の伝統のなかで培われる。最終章「ベネディクト的選択肢」では、現代の文明的衰退に対して新たなベネディクト会のような共同体を待望する有名な閉じ方をする。
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