
アルトゥル・ショーペンハウアー
Arthur Schopenhauer
1788年 — 1860年
意志と表象の世界を説いた悲観主義の哲学者
この人物について
世界の本質は盲目的な意志であると喝破し、人生の苦悩を真正面から見据えた悲観主義の哲学者。
【代表的な思想】
■ 意志と表象
主著『意志と表象としての世界』で、カントの「物自体」を盲目的で際限のない「生への意志」と同定した。我々が知覚する世界は意志の表象にすぎず、その背後で意志が絶えず衝動的に活動していると論じた。
■ 苦悩の形而上学
欲望が満たされれば退屈が、満たされなければ苦痛が生じる振り子の中に人間は閉じ込められていると説いた。人生は本質的に苦しみであるという洞察が思想の核心にある。
■ 芸術と救済
苦からの解放として、芸術的観照(特に音楽)による一時的な意志の鎮静と、同情・禁欲を通じた意志の否定による永続的な解脱を示した。
【特徴的な点】
ヘーゲルの楽観的歴史哲学に真っ向から対立し、同時代には無視されたが後に大きな影響力を獲得した。インド哲学を西洋哲学に本格的に導入した最初の思想家でもある。
【現代との接点】
ニーチェの「力への意志」、フロイトの無意識論、ワーグナーの楽劇に直接影響を与えた。現代の反出生主義や動物倫理の議論にも彼の思想は通底している。
さらに深く
【思想の形成】
アルトゥル・ショーペンハウアーは1788年、ダンツィヒ(現グダニスク)に富裕な商人の息子として生まれた。父の水死と目される事故、サロン小説家として名をなした母ヨハンナとの不和など、家庭環境は彼の暗い世界観の背景をなす。ゲッティンゲン大学でカント哲学、ベルリン大学でフィヒテの講義に触れ、25歳で博士論文『充足理由律の四つの根について』を提出した。1819年、31歳で主著『意志と表象としての世界』を完成させたが当初はほとんど無視される。ベルリン大学で私講師となった際、人気絶頂のヘーゲルと同じ時間帯にわざと講義を開講したが学生は集まらず、以後は在野で執筆を続けた。晩年にようやく『余録と補遺』によって名声を得て、1860年にフランクフルトで愛犬アートマンとともに静かに没した。
【思想的意義】
ショーペンハウアーはカントの物自体を盲目的な「生への意志」と同定した。世界の本質は理性でも精神でもなく、際限のない欲求・衝動である。意志は常に何かを欲し、満足は一時的で、すぐに新たな欲求が生じる。人生は苦痛と退屈の間の振り子運動であり、この認識が彼の悲観主義の核となる。しかし救済の道が二つ示される。第一は芸術、特に音楽による一時的な意志の鎮静である。音楽は意志そのものの直接的な模写であり、聴いている間は欲望の鎖から解放される。第二は禁欲と同情を通じた意志の永続的な否定で、これはウパニシャッドや仏教の解脱に対応する。ウパニシャッドの『ウプネカット』を「私の人生の慰め」と呼んだ彼は、西洋哲学に本格的にインド思想を導入した最初の哲学者でもある。
【影響と継承】
その思想は生前よりも死後、特に19世紀末から20世紀初頭にかけて広く読まれた。青年ニーチェは『意志と表象としての世界』を読んで哲学者の道を決意し、後にこれを乗り越えようと格闘した。ワーグナーは音楽論に深い影響を受けて『トリスタンとイゾルデ』を作曲し、トーマス・マン、プルースト、トルストイ、ボルヘスなど文学者の受容も厚い。フロイトは無意識の構想においてショーペンハウアーの意志概念に少なからず負っていることを認めている。現代でも動物倫理、環境哲学、比較哲学の領域で、東洋思想との対話を開いた先駆者として参照され続けている。
【さらに学ぶために】
『意志と表象としての世界』は大部だが、西尾幹二《にしおかんじ》訳(中公クラシックス)で主要部分を読み通せる。補遺『余録と補遺』のエッセイは平易で面白く、鈴木芳子《すずきよしこ》訳『読書について 他二篇』『幸福について』が手軽な入口となる。










