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中世日本

親鸞

1173年1263年

悪人正機説を唱えた浄土真宗の開祖

浄土真宗悪人正機他力本願
親鸞

概要

善人よりもむしろ悪人こそが救われる。この逆説的な教えで仏教の常識を覆し、庶民の信仰に革命をもたらした浄土真宗の開祖。

【代表的な思想】

■ 悪人正機説

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」。自力で善を為しうると思い上がる善人より、自らの罪深さを自覚して阿弥陀仏の本願に素直にすがる悪人こそが、救いの本来の対象であるとする逆説的な教え。

■ 絶対他力

自力による修行や善行では救いに至れず、阿弥陀仏の本願力(他力)にすべてを委ねることのみが救いの道であるとした。念仏は救いを得るための手段ではなく、救われたことへの感謝の表現(報恩感謝の念仏)であるとした。

■ 非僧非俗

僧侶でありながら公然と妻帯し、聖と俗の境界を超えた。出家者だけでなく在家の人々も等しく救われるという教えは、日常生活の中に信仰を生きる在家仏教の道を切り拓いた。

【特徴的な点】

道元が厳格な坐禅修行を説いたのに対し、親鸞は自力の修行を完全に放棄し、他力への絶対的な帰依を説いた。自らの煩悩を隠さない徹底的な正直さが、その思想の根底にある。

【現代との接点】

完璧を目指すのではなく弱さを受け入れるという姿勢は、現代の心理療法やセルフ・コンパッションの考え方と通じる。宗教改革者ルターとの類似も指摘され、比較宗教学の重要なテーマとなっている。

さらに深く

【他力の宗教者】

親鸞は1173年、京都に生まれた。9歳で出家し、比叡山で約20年間修行したが、自力での修行に限界を感じ、29歳で法然の門に入った。法然の専修念仏の教えに衝撃を受け、自力の修行をすべて捨てて阿弥陀仏の本願に帰依した。1207年の承元の法難で越後に流罪となり、「非僧非俗」を名乗って公然と妻帯した。関東での約20年間の布教を経て京都に戻り、主著『教行信証』を完成させた。1262年に90歳で没した。

【悪人正機と絶対他力】

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という悪人正機説は、直観に反する逆説的な教えである。自力で善を為しうると自負する「善人」よりも、自らの煩悩深き「悪人」のほうが阿弥陀仏の救いの本来の対象である。なぜなら、善人は自力への執着を残しており、他力への完全な帰依に至りにくいからである。親鸞は念仏を「報恩感謝」と位置づけ、救いを得るための手段ではなく、すでに救われていることへの感謝の表現だとした。

【さらに学ぶために】

『歎異抄』は親鸞の弟子・唯円が師の教えを記録したものとされ、親鸞思想への最良の入門書である。短く読みやすいが内容は深い。金子大栄校注(岩波文庫)が定番である。

主な思想

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