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エ

『エセー』

近代

「エッセイ」という文学ジャンルを生んだ自由な思索

哲学

この著作について

ボルドー近郊の城館に隠棲した法律家・貴族ミシェル・ド・モンテーニュが、20年以上にわたり書き継ぎ、16世紀末の死の直前まで加筆増補し続けた自己探求の書。

【内容】

全3巻107章。書名『エセー』はフランス語で「試み」の意で、モンテーニュが自ら発明したこのジャンル名は以後世界の文学語彙に組み込まれた。「哲学することは死に方を学ぶことである」「友情について」「子供の教育について」「食人族について」「後悔について」「経験について」など、死・教育・性・食・旅・身体といった日常のあらゆる主題を、古典の博識と自分自身の観察をないまぜにして語っていく。「私は何を知っているか」を座右の銘とする懐疑主義が全編の基調をなす。

【影響と意義】

自分自身という具体的な一人の人間を対象に、飾らず矛盾も残したまま観察し続ける、という近代的自我の出発点を据えた。パスカル、デカルト、ルソー、ニーチェへと連なる思想の水脈を開き、ベーコンやエマーソンら英米のエッセイの書き手にも影響を与えた。

【なぜ今読むか】

400年以上前の文章なのに、人間観察が古びない。自分の身体の不調や旅先の食事に至るまでの微細な記録が、かえって読者の今を照らし返してくる。「自分を語る」ことの原点にして最高峰。

さらに深く

【内容のあらまし】

読者への前書きでモンテーニュは異例の宣言をする。私が描くのは私自身であり、読者よ、こんな軽薄な題材に時間を費やすのはおやめなさい、さようなら、と。同時代の文学が英雄の徳や君主の鑑を主題にするなか、自分という凡庸な一個人を正面から書く宣言は革命的だった。

第1巻の早い章「哲学することは死に方を学ぶことである」は、ストア派の死の準備の伝統を継承する。一方でモンテーニュは、落馬の大事故で死にかけた体験も書き残している。死は思っていたよりずっと恐ろしくなかった、と。観念でなく実体験が彼を変えた。「子供の教育について」では、暗記詰め込み教育を激しく批判し、子供を旅に出して異なる風習に触れさせることと、議論で意見を戦わせる訓練を勧める。

第1巻の山場のひとつが「食人族について」である。新世界のトゥピナンバ族について、ブラジルで十年あまり暮らした男を家に置いて話を聞いたモンテーニュは、彼らが捕虜を儀礼的に食べる習慣を持つと知りつつ、それを野蛮と決めつけない。ヨーロッパが宗教戦争で同胞を生きたまま拷問にかける現実のほうがむしろ野蛮だ、と相対主義的な視線で文明を裁き直す。

第2巻はもっとも長い「レーモン・スボンの弁護」を含む。表題は中世神学者の擁護だが、実際にはピュロン主義懐疑論の壮大な展開となる。人間の感覚は錯覚し、理性は矛盾し、習慣に支配されている。動物のほうがしばしば人間より賢い。確実だと信じているものは、慣れているだけかもしれない、と。座右の銘「私は何を知っているか」が繰り返し変奏される。

第3巻は晩年の加筆で文体が変わる。一つの話題から別の話題へ自由に連想を広げていく、長く入り組んだ章が並ぶ。「経験について」は本書全体の結論にあたる。学問よりも自分の身体と日常の観察のほうが信頼できる、と。腎臓結石の発作の記録、食事や眠りの好み、旅先の風習が、思想と区別なく書きつけられる。「自然に従って生きるのが何より難しい」と書き、最高の知恵は「自分が人間であることを上手に行う」ことだと結論する。書名のとおり、結論ではなく無数の試みの集積として、二十年分の自己観察が一冊にまとまる。

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