『ニコマコス倫理学』
にこまこす りんりがく
アリストテレス·古代
幸福と徳を体系的に論じた倫理学の基本書
この著作について
アリストテレスが「人はどう生きれば幸福になれるのか」を真正面から論じた、西洋倫理学の基本書。理屈だけでなく、日々の振る舞いを通して人格を作る実践の書でもある。
【内容】
全10巻。人間の最高善を「幸福(エウダイモニア)」とし、それを「徳に基づく魂の活動」と定義する。徳は知性の徳と性格の徳に分かれ、性格の徳は「過剰」と「不足」の間の「中庸」として捉えられる。勇気は無謀と臆病の間、節制は放縦と無感覚の間、というように具体的に位置づけられる。後半では、場面に応じて何をすべきかを見極める実践知、頭で分かっていても行動できない弱さ、快楽、友愛、そして観想的な生の価値が論じられる。
【影響と意義】
中世ではトマス・アクィナスがキリスト教倫理と統合し、近代には義務論や功利主義の陰に退いたものの、20世紀後半に「徳倫理学」として蘇った。今日の応用倫理やケアの倫理も、本書を参照点にしている。
【なぜ今読むか】
「良い行いの基準」ではなく「良い人柄をどう育てるか」という問いは、ルールが複雑化した現代にこそ響く。友愛論は、友人関係に迷う読者への古典的な処方箋である。
さらに深く
【内容のあらまし】
第1巻、アリストテレスはあらゆる行為と探求が何らかの善を目指していると確認したうえで、人間にとっての最高善を絞り込んでいく。富や名誉や快楽はそれ自体のために求められないから候補から外れる。残るのは「それ自体のために求められ、自足的なもの」、つまり幸福である。だが幸福を「魂が徳に基づいて活動すること」と定義し直すあたりから、議論は一気に厚みを増す。完全な人生にわたって徳を発揮し続けることが幸福なのだ。
第2巻は徳が習慣によって獲得されると説く。竪琴を弾きながら竪琴弾きになるように、勇気ある行為を繰り返してこそ勇気ある人になる。徳は感情と行為に関する中庸であり、勇気は無謀と臆病の間、節制は放縦と無感覚の間、寛厚は浪費とけちの間にある。第3巻と第4巻は具体的な性格の徳を一つずつ取り上げ、どの感情のどの過剰と不足の間にあるのかを丁寧に位置づけていく。
第5巻は正義論に充てられる。配分的正義と矯正的正義の区別、衡平の概念、そして法と慣習の関係が論じられる。第6巻は知性の徳に転じ、学知・技術・実践知・直観知・智慧という五つの知のあり方が分けられる。なかでも実践知は、状況に応じて何をなすべきかを見極める能力として、性格の徳とセットで働くことが強調される。第7巻ではアクラシア、つまり頭で分かっていながら欲望に負けてしまう「意志の弱さ」が分析され、ソクラテスの主知主義への批判が示される。
第8巻と第9巻は友愛論である。有用さに基づく友愛、快楽に基づく友愛、そして徳に基づく真の友愛が区別され、後者だけが時間に耐える絆だとされる。友は「もう一人の自分」であり、自己愛と他者愛は対立しないという議論は今読んでも新鮮だ。最終第10巻は快楽論を経て、観想的生活こそが人間にとっての最高の幸福だと結論する。倫理の探究は政治学への橋渡しで結ばれ、本書は次の作品『政治学』へと開かれていく。