社会は誰のためか
しゃかいは だれのためか
社会の存在目的と、それが奉仕すべき対象を根本から問う
この問いについて
人は社会の中で生きている。しかし社会とは誰のために存在しているのか。すべての人のためか、一部の人のためか。社会の目的を問うことは政治哲学の出発点だ。
【この問いの背景】
社会は自然にできたものか、人間が作ったものか。アリストテレスは人間を「社会的動物」と呼び、社会は人間の本性に根ざすと考えた。近代の社会契約論者は、社会は個人の利益のために人工的に作られた仕組みだと主張した。
【哲学者たちの答え】
■ ロールズの「公正としての正義」
ロールズは、公正な社会とは、自分がどのような立場に生まれるかわからない「無知のヴェール」の下で合意できるルールに基づく社会だと論じた。最も恵まれない人々の利益を最大化する社会が正義にかなうとした。
■ ノージックの「最小国家」
ノージックは、社会は個人の自然権を守るために存在し、国家の役割は治安と契約の執行に限定されるべきだと主張した。再分配や福祉は個人の権利の侵害だという自由至上主義の立場だ。
■ マルクスの「階級なき社会」
マルクスは、現存する社会は支配階級の利益のために組織されていると批判した。真に万人のための社会は、階級対立が解消され生産手段が共有された共産主義社会であるとした。
【あなたはどう考えるか】
社会はすべての人を平等に扱うべきか、困っている人をより多く助けるべきか。社会が誰のためにあるかへの答えは、どんな社会を目指すかに直結する。
さらに深く
【問いの深層】
「社会は誰のためか」という問いは、社会の正統性の問題に行き着く。社会が特定の人々の利益のためだけに存在するなら、それは不正な社会だろうか。しかし「すべての人のため」と言っても、利害が対立する場合にはどうするのか。ロールズの「格差原理」は、不平等が許されるのは最も不利な立場の人々の利益になる場合だけだと主張する。しかしこの原理に対しても、自由や効率性を犠牲にしすぎるという批判がある。グローバル化の中で「社会」の境界そのものが問い直され、他国の人々や未来世代までを射程に入れる必要が議論されている。
【歴史的展開】
プラトンは『国家』で哲人王による理想国家を構想した。アリストテレスは共同善の実現を社会の目的とし、ホッブズは安全保障のための社会契約を論じた。ロックは自然権の保護を社会の目的とし、ルソーは一般意志に基づく社会を構想した。マルクスは資本主義社会を批判し、ロールズは公正の原理による社会正義を論じた。現代ではセンのケイパビリティ・アプローチが、社会の目的を人々の潜在能力の拡大に見出し、新しい視点を提供している。ヌスバウムはこの路線を深め、人間の尊厳を軸にした社会像を展開した。国家・市場・共同体の三角関係の中で、誰の利益を優先するかをめぐる論争は、社会保障や移民政策など具体的な政策論争として日常化している。
【さらに学ぶために】
ロールズ『正義論』は20世紀政治哲学の最重要著作であり、公正な社会のあり方を根本から考え直す一冊だ。サンデル『公共哲学』はコミュニティと個人の関係を論じた読みやすい名著である。セン『正義のアイデア』は、理想的制度ではなく具体的な不正の比較から正義を考える現代の注目書だ。ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』は、自由至上主義の立場からロールズに対抗した現代政治哲学の必読書である。








