フィロソフィーマップ
英

『英米哲学史講義』

えいべいてつがくしこうぎ

一ノ瀬正樹·現代

中世から現代ベイズ主義まで英米哲学を通覧する日本語の決定版講義

哲学

この著作について

東京大学・武蔵野大学で教えた哲学者・一ノ瀬正樹(1957〜)が、東京大学および放送大学での講義をもとに編んだ、英米哲学千年の通史。ちくま学芸文庫として2016年に刊行された。

【内容】

中世のロジャー・ベーコン、オッカム以降のイギリス哲学から始まり、ホッブズ、ロック、バークリー、ヒュームのイギリス経験論の系譜、ベンサム・ミルの功利主義、ホワイトヘッドとラッセルの分析哲学の出発点、論理実証主義(カルナップ等)、後期ウィトゲンシュタイン、クワインの自然主義、ローティの新プラグマティズム、現代の認識論的ベイズ主義、徳認識論、心の哲学までを一貫した視点で解説する。著者自身の専門であるパースとの対話、責任と確率の哲学的問題への独自の貢献も差し込まれている。

【影響と意義】

日本語で読める英米哲学通史としては最も詳細かつ現代的な入門書として、大学の哲学教育・独学者の双方に標準的に採用されている。著者の『確率と曖昧性の哲学』『英米哲学入門』とあわせ、日本における英米哲学受容の現代的到達点を示す業績である。

【なぜ今読むか】

分析哲学・認知科学・統計学・倫理学の交差点で英米哲学を体系的に位置づけ直すための、最も信頼できる日本語の見取り図である。

さらに深く

【内容のあらまし】

もとは2010年に放送大学の教材として出た、功利主義と分析哲学を経験論から説く入門書で、2016年7月にちくま学芸文庫へ入るとき改題され、プラグマティズムと現代正義論の新章を加えるなどして増補改訂された。全16章で、各章末に参考文献が付く。著者によれば、経験論が一貫して流れているという視点で、中世から現代のベイズ主義までを通観した本である。ここでいう経験とは、カント的な意味での感覚や知覚ではなく、ギリシア語の原義に近い「努力して試みること」で、経験論は知識と実践を分かちがたく結びつけて論じるものだったという。

第2章から第5章はロック、バークリ、ヒュームにあてられる。ロックは『統治二論』で、大地は万人の共有でも人は自分自身の身を所有するとし、自然の状態から取り出して労働を混ぜ合わせた物は、他人に十分で同質の物が共有に残される限り自分の所有物になると論じた。バークリは、机が存在するとは、自分が見て触れていること、その場にいれば知覚できること、別の精神が実際に知覚していることだと述べ、心をもたない物が知覚との関係なしに絶対的に存在するという言い方は理解できないとした。ヒュームは、二つの物が恒常的に連なって現れたあと、習慣だけによって一方から他方を予期すると論じた。

ベンサムとミルに発する功利主義は、簡略化すれば、幸福を感じるという経験的事実が最大量になる行為をなすべしとする立場で、著者は、自己の利益を増やす行為でも社会全体の幸福を減じるなら禁じられる点に注意を促す。ミルは、行為は幸福を増す傾向に比例して正しく、その反対を生む傾向に応じて不正だとした。本書はトロリー問題や、動物のいのちの扱いをめぐるシンガーの問題提起まで検討している。

分析哲学は論理実証主義から説き起こされ、記号論理学の問題とウィトゲンシュタインの意義が論じられる。プラグマティズムはパースに始まり、ロールズらの正義論へ進む。終盤は帰納のグルーやヘンペルのカラス、クワインの自然主義、確率と曖昧性のソライティーズ・パラドックスを経て、ベイズ主義の紹介に至る。結びで著者は、功利主義と分析哲学の融合は因果性に収斂し、因果性は知識と行為の起点である人格へ戻ってくるはずだと述べる。人格は責任帰属のありかで、原因の概念は責任の概念と同根だからである。

関連する思想

Amazonで見る