
ウィラード・クワイン
Willard Van Orman Quine
1908年 — 2000年
分析・総合の区別を否定した論理実証主義批判者
この人物について
論理実証主義の「ドグマ」を内側から解体し、20世紀分析哲学の方向を決定づけたアメリカの哲学者・論理学者。
【代表的な思想】
■ 経験主義の二つのドグマ
分析的真理(定義により真)と総合的真理(経験により真)の区別、および個々の命題を経験に還元できるという還元主義を、論理実証主義の根拠なき「ドグマ」として退けた。この論文は分析哲学史上最も影響力のある論文の一つとされる。
■ 全体論(ホーリズム)
知識は個々の命題単位ではなく、信念体系全体として経験に直面する。科学理論の検証も個別の仮説ではなく理論全体に対して行われるとした。
■ 翻訳の不確定性
根本的に異なる言語間の翻訳には原理的に一意の正解が存在しないことを論じた。言語の意味は行動的証拠によって決定されるが、同じ証拠と整合する翻訳マニュアルは複数ありうるとした。
【特徴的な点】
カルナップら論理実証主義者の弟子でありながら、その根本前提を否定した点でカント以来の哲学的転換をもたらした。ローティやデイヴィドソンに大きな影響を与え、自然主義(哲学と科学の連続性)の立場を確立した。
【現代との接点】
全体論的な知識観はAIの機械学習における分散表現やネットワーク的知識構造と親和性が高く、意味の本質をめぐる議論は自然言語処理の哲学的基盤として再注目されている。
さらに深く
【思想の形成】
ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン(1908〜2000)は、オハイオ州アクロンの中流家庭に生まれた。オーバリン大学で数学と哲学を修めた後、ハーバード大学でホワイトヘッドのもとに学び、22歳で博士号を取得した。1932年から33年にかけて欧州に留学し、ウィーン学団でカルナップ、シュリックに接したほか、ワルシャワのタルスキ、プラハのカルナップから論理学と科学哲学の最先端を直接吸収した。以後ハーバードに60年以上留まり、アメリカ分析哲学の中核を担った。第二次大戦中は海軍暗号解読部で任務に就き、記号論理と自然言語の関係を現場の問題として考える経験を重ねた。その仕事は、論理実証主義の継承者として出発しながら、その根本前提を内側から解体する方向へと進んでいった。
【思想的意義】
1951年の論文『経験主義の二つのドグマ』は、分析と総合の区別、および個別命題を経験と一対一で照合できるという還元主義の二つを退けた。代わりに提示された全体論は、信念の体系が全体として経験の法廷に立つという発想であり、周辺は経験に触れ中心は論理・数学に近いという知識のネットワーク像を描いた。『ことばと対象』の翻訳の不確定性の議論は、対象指示や意味の同一性が行動証拠から一意に決定されえないことを示した。「存在するとは変項の値であること」と要約される存在論的コミットメントの規準、自然化された認識論の構想は、哲学を自然科学の連続的な一部として捉える方法論の出発点となった。
【影響と継承】
デイヴィドソンの真理条件意味論、パトナムの内在的実在論、ローティのプラグマティズム、カルトライトの科学哲学へと、その影響は広く分岐した。生得的な言語能力を主張するチョムスキーや、意味の規範性を強調するクリプキからは厳しい応答が寄せられた。機械学習における分散的意味表現は、意味の全体論の工学的変奏として読むこともできる。
【さらに学ぶために】
丹治信春《たんじのぶはる》『クワイン:ホーリズムの哲学』が日本語の入門として読みやすい。自明と見えた知識の境界線をもう一度点検したいとき、クワインの議論は思考の健康診断の道具となる。
主な思想
影響を受けた人物
関連する著作
関連する哲学者と話してみる
