アメリカ独立革命
あめりかどくりつかくめい
近代
自由と人権の理念に基づく近代民主主義国家の誕生
この出来事について
自由と人権の理念に基づいて建国された近代民主主義国家の原点。
【何が起きたか】
1776年、イギリスの植民地支配に対して13植民地が独立を宣言した。代表なくして課税なしという抵抗のスローガンを掲げ、トマス・ペイン『コモン・センス』が独立世論を決定づけた。ジェファソン起草の独立宣言は「すべての人間は平等に造られ、造物主から生命・自由・幸福追求という奪いがたい権利を与えられている」と謳い、ロックの自然権思想を世界で初めて国家建設の基本文書として結晶させた。
【思想への影響】
ロックの社会契約論と自然権思想が初めて国家建設の原理として実践された。モンテスキューの三権分立が合衆国憲法に組み込まれ、権力の抑制と均衡が制度化された。ザ・フェデラリストに結実した建国の議論は、人民主権と連邦制の両立という近代政治の難問に答えを与えた。フランス革命に直接的な影響を与え、近代民主主義の先駆けとなった。
【現代とのつながり】
アメリカ建国の理念は現代の民主主義・人権思想の基盤となっており、戦後の国際人権レジームにも大きな影響を残している。一方で、独立宣言の「平等」が奴隷制と両立していた矛盾は、公民権運動から現代のブラック・ライヴズ・マターに至る人種問題の根深い起源でもある。
さらに深く
【背景の深層】
アメリカ独立革命の思想的基盤には、ロック『統治二論』の社会契約論と自然権論があった。「生命・自由・幸福追求の権利」を謳った独立宣言の文言は、ロックの「生命・自由・財産」を微妙に書き換えたもので、ジェファソンらの思想的工夫が読み取れる。植民地側の抵抗は単なる税制への反発ではなく、英国議会による代表権なき課税を自然権侵害として理論化した点に特徴があった。モンテスキューの三権分立論も合衆国憲法の設計に直接反映され、スコットランド啓蒙のヒュームやスミス、共和主義的伝統のハリントンやマキャヴェッリの影響も重層的に流れ込んだ。ピューリタン的契約神学と啓蒙的社会契約論が奇妙に融合した点も建国思想の独自性である。
【影響の広がり】
成文憲法による国家設計、権力分立、人権の法的保障という政治デザインは、フランス革命・ラテンアメリカ独立運動・明治憲法など19-20世紀の憲法制定運動の直接のモデルとなった。ザ・フェデラリストは、ハミルトン・マディソン・ジェイによる憲法解釈論として、現代の憲法学に至るまで参照され続けている。トクヴィル『アメリカのデモクラシー』は建国の理念が作り上げた市民社会の実態を外部の観察者として記録した古典となった。ロールズ『正義論』の憲法的民主主義論、ドゥウォーキンの権利論、ハーバーマスの討議的民主主義論も、アメリカ独立革命の思想的延長にある。ただし建国当初の奴隷制・先住民排除・女性排除は「普遍的人権」の射程を自ら狭めるもので、後のフェミニズム・公民権運動・先住民権利運動による理念の拡張を促した。
【さらに学ぶために】
ジョン・ロック『統治二論』は独立革命の思想的基盤を成した政治哲学の古典である。ハンナ・アーレント『革命について』はアメリカ革命とフランス革命を比較しつつ、革命の本質的な意味を考察した現代の名著である。



