「汝の意志の格率が常に普遍的立法の原理として妥当するよう行為せよ」
カント近代
カントが『実践理性批判』で純粋実践理性の根本法則として示した、定言命法の定式。
この言葉について
さらに深く
【出典】
この訳文は、カントの『実践理性批判』(1788年)第7節「純粋実践理性の根本法則」の文に当たる。原文は「Handle so, daß die Maxime deines Willens jederzeit zugleich als Princip einer allgemeinen Gesetzgebung gelten könne」で、「汝の意志の格率が、常に同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ」と訳される。格率とは、カントの定義では行為の主観的な原理のことである。3年前の『人倫の形而上学の基礎づけ』(1785年)にも定言命法の定式はあるが、そちらは「その格率が普遍的法則となることを同時に意欲できるような格率に従ってのみ行為せよ」という別の言い回しである。
【よくある誤解】
この命法は「みんながそれをしたら困った結果になるか」を問う損得の試験だと受け取られやすい。こうした読み方の早い例はミルで、彼は『功利主義論』第1章で、カントが示せたのは普遍的に採用された場合の結果を誰も望まないということだけだと述べた。しかしカント自身の論じ方は違う。『人倫の形而上学の基礎づけ』で彼は、返すつもりのない約束で金を借りるという格率を取り上げ、これが普遍的法則になれば誰も約束されたことを信じなくなり、約束そのものが不可能になると論じた。
【この言葉のその後】
この定式の評価は、カントの死後も割れ続けた。ミルは同じ箇所で、カントがこの原理から現実の義務を導こうとすると、どれほど不道徳な規則を理性的存在者全員が採用しても論理的な矛盾が生じることを示せず、ほとんどグロテスクなほど失敗していると批判した。20世紀にはR・M・ヘアがミルの読み方を受け継ぎ、「盗みは悪い」のような道徳判断は普遍的な指図だと論じた。一方、ロールズらは『人倫の形而上学の基礎づけ』の普遍的法則の定式を、格率を万人に当てはまる自然法則に置き換えて点検する道徳的推論の手順として整理している。正しさは結果の価値に基づかないという通説を疑う読者もおり、解釈は今も分かれている。
この言葉を残した人物
カントのほかの名言
「道徳」の名言
「力を正当に行使できる唯一の目的は、他人への危害を防ぐことである」
ミルが『自由論(ミル)』で、社会が個人に強制を加えてよい唯一の理由を示した危害原理の一文。
「徳とは二つの悪徳の中間にある」
アリストテレスが『ニコマコス倫理学』で、徳を過剰と不足という二つの悪徳の中間と定めた言葉。
「最大多数の最大幸福」
ベンサムが『統治論断片』の序文で、正と不正の尺度として掲げた功利主義の標語。
「人生に意味を問うのではなく、人生から問われていることに答えよ」
フランクルが『夜と霧』で、生きる意味への問いを転換すべきだと説いた考えを要約した言葉。
「不正を行うよりも、不正を受ける方がよい」
プラトンが対話篇『ゴルギアス』に記した、ソクラテスが不正を行うことこそ最大の悪だとして語る言葉。
「正義の原理は、無知のヴェールの背後で選ばれる」
ロールズが『正義論』で、正義の原理を選ぶ人々から自分の立場の知識を奪う仕掛けを述べた一文。