「人生に意味を問うのではなく、人生から問われていることに答えよ」
フランクル現代
フランクルが『夜と霧』で、生きる意味への問いを転換すべきだと説いた考えを要約した言葉。
この言葉について
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【出典】
フランクル本人の考えで、強制収容所の体験記『夜と霧』に出てくる。原書は、彼が1946年に9日間で口述したドイツ語の本である。未来への希望を失い、自分を投げ出して死に向かう被収容者たちを前に、彼は、生きる意味についての問いを180度転換する必要があると書く。英訳では、人生の意味を問うのをやめ、自分たちを日々刻々と人生から問われている者として考える必要があったと表現される。日本では1956年に『夜と霧』の題で訳され、発売2か月で12刷を重ねた。
【よくある誤解】
「人生から問われている」という言い方は、運命をあきらめて受け入れよという意味に取られることがあるが、フランクルの力点は問いに応えることのほうにある。具体的な運命が人を苦しめるなら、その苦しみを、ただ一度だけ課された責務として引き受けなければならず、誰もその人から苦しみを取り除くことも、代わりに苦しみ抜くこともできないと彼は書く。またこの考えは、収容所で初めて生まれたものでもない。精神科医フランクルは、収容所に送られる十数年前の1930年代に、意味を軸とする自らの心理療法ロゴセラピーの思想をほぼ体系化していた。『夜と霧』を、ロゴセラピーの核となる思想を具体例で示した本と読む分析もある。
【この言葉のその後】
収容所から解放されてウィーンに戻ったフランクルは、1946年に連続公開講演を行い、意味や逆境に耐える力、大きな苦難の中でも人生を受け入れることについて語った。この講演は2020年に英訳されて刊行され、そこでも、問われているのは私たちのほうであり、人生の問いに答えなければならないのは私たちだと語られている。1991年には、アメリカ議会図書館が体験記の英語版を、アメリカで最も影響力のある10冊の一つに挙げた。後年のインタビュー記事は、ほかの心理学が人生に何を望むかを問うのに対し、ロゴセラピーはこの瞬間に人生が自分に何を求めているかを問う、とまとめている。
この言葉を残した人物
フランクルのほかの名言
「道徳」の名言
「人間を手段としてのみ扱うな、常に同時に目的として扱え」
カントが『人倫の形而上学の基礎づけ』で示した、人間性を単なる手段として扱うことを禁じる定式。
「不正を行うよりも、不正を受ける方がよい」
プラトンが対話篇『ゴルギアス』に記した、ソクラテスが不正を行うことこそ最大の悪だとして語る言葉。
「正義の原理は、無知のヴェールの背後で選ばれる」
ロールズが『正義論』で、正義の原理を選ぶ人々から自分の立場の知識を奪う仕掛けを述べた一文。
「悪の凡庸さ」
アーレントが『エルサレムのアイヒマン』の副題に掲げ、アイヒマンの人柄と動機を言い表した言葉。
「汝の意志の格率が常に普遍的立法の原理として妥当するよう行為せよ」
カントが『実践理性批判』で純粋実践理性の根本法則として示した、定言命法の定式。
「力を正当に行使できる唯一の目的は、他人への危害を防ぐことである」
ミルが『自由論(ミル)』で、社会が個人に強制を加えてよい唯一の理由を示した危害原理の一文。