事務所のドアが、ちょうど午後三時三十分にノックされた。
カワウソは時計を見た。午後三時三十分。一秒の狂いもない。フィロソフィー街でこの時刻に正確に動く人物は、一人しかいない。
「カント先生」
ドアを開けると、ケーニヒスベルクからの正確な歩幅で、カントが立っていた。後ろに、若い女性が幼い娘の手を引いて立っている。女性の目は赤い。
カント
「カワウソ君、依頼に来た。先に彼女の話を聞いてやってくれ」
「お入りください」
女性は小さな包みを抱えていた。中身は、一枚の手紙だった。
「主人が、消えました」
女性は震える声で言った。
「街の北通りで料理屋をしておりました。三日前、店を畳むと言い出して、家具を売り払い、預金を引き出し、書き置きを残して、家を出ていったのです」
カワウソは手紙を受け取った。便箋一枚、短い文字。
私は答えを得た。 旅に出る。
妻と娘へ。許してくれ。
「主人は、最近ずっと悩んでいました。料理とは何か、人生とは何か、そんな問いを口にして。私には答えられませんでした。だから主人は、街の哲学者たちを訪ね歩いていたのです」
「五人を、ですか」
女性は別のメモを差し出した。Xの机に残されていた走り書き。
訪ねた者 ピュロン/ウィトゲンシュタイン/老子/モンテーニュ/ブッダ
カントが、立ったまま口を開いた。
「五人のうちの誰かが、この料理人に何かしらの答えを与えた。彼はそれを携えて家族を捨てた。与えた者は、何を与えたか。それを特定してほしい」
「先生は、これを罪とお考えですか」
「分からぬ。罪かどうかは、何が与えられたかによる。嘘であれば罪。真理であれば罪ではない。だが、嘘でも真理でもない何かが与えられた可能性もある。私はそれを、嘘なき罪と呼びたい」
カントは指を一本立てた。
「原因の特定を頼む」
「先生のお考えでは」
「事実を述べた。原因の特定は、君の仕事だ」
カントは時計を見た。
「散歩の残り、二百八十歩。失礼する。彼女と娘は、私が街の宿に手配した。生活が立ち直るまで面倒を見る」
カントは去っていった。事務所のドアが、規則正しく閉まる音だけが残った。女性は娘を連れて、カワウソに深く頭を下げて出ていった。
カワウソはバッジを正し、メモ帳を広げた。
容疑者
- ピュロン(懐疑主義、エポケー)
- ウィトゲンシュタイン(言語の限界、語りえぬものは沈黙)
- 老子(不言の教、無為自然)
- モンテーニュ(懐疑、Que sais-je?)
- ブッダ(無記、毒矢の喩え)
五人とも、沈黙のかたちで応じる哲学者だ。だが、沈黙のかたちが同じとは限らない。
「順番に、話を聞こう」
ピュロンの川辺
ピュロンは、街外れの川辺で、岩の上に座っていた。空を見上げている。
ピュロン
「ピュロン先生」
「ああ、カワウソ君か」
「料理人の件で来ました。先生のところに来た、と聞いています」
「来た。だが、私が何を答えたかは、定かではない」
ピュロンは穏やかに笑った。
「料理人は、人生をどう生きるべきかを問うた。私はこう答えた。それが正しいとも、間違っているとも、私には言えぬ、と」
「肯定も、否定もせず、と」
「私はエポケーを実践する者だ。あらゆる判断を保留する。人生に意味はあるか。あるとも言えるし、ないとも言える。私には判断を下す根拠がない」
「料理人は、その答えにどう反応しましたか」
「分からん。反応したかどうかも、私には判断できぬ」
ピュロンは肩をすくめた。
「動機は」
「ない。私はここに座り、空を見ている。空が青いか、私には言えぬ。それが私の生活だ」
カワウソはペンを止めた。ピュロン先生は、文字通り何も言わない。だが彼は何も言わないことを言葉で説明する。沈黙について沈黙しない。
「ご協力、ありがとうございました」
「君が私の協力を得たかどうかも、私には言えぬがな」
ピュロンはまた空を見上げた。
ピュロン:エポケーを実践、判断を保留する。料理人にも「言えぬ」と答えた。動機なし。 彼の沈黙:判断停止としての沈黙。語ることを語る。
ウィトゲンシュタインの研究室
ウィトゲンシュタインは、大学の小さな研究室にいた。机の上に、書きかけの原稿が積まれている。最上段に、『論理哲学論考』と表書きされた束。
ウィトゲンシュタイン
「ウィトゲンシュタイン先生」
「カワウソ君か」
短い返事。彼は椅子に座ったまま、ペンを置いた。
「料理人が、訪ねてきましたか」
「来た」
「先生は、何と答えましたか」
「それは語りえぬものだ」
「それだけ、ですか」
「それだけだ」
ウィトゲンシュタインは、嘘をつかない者の口調で、淡々と答えた。
「料理人は、何と問うてきましたか」
「人生の意味とは何か、と問われた」
「それで、先生は沈黙された」
「沈黙した」
「先生のお考えを、もう少しお聞かせ願えますか」
カワウソは机の上の原稿を一瞥した。『論理哲学論考』。彼が長年取り組んできた書物の名だ。
「先生の哲学が、どういう構造になっているのかを」
ウィトゲンシュタインは、少しだけ姿勢を正した。淡々と、しかし、はっきりと、語った。
「私の哲学は、ひとつの命題に集約される」
「お聞かせください」
「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」
その一言は、研究室の静寂のなかで、明瞭に響いた。
「その『語りえぬもの』とは、何ですか」
「倫理、美、宗教。世界が在ること、その全体性。これらは、命題で表すことができぬ」
「つまり、語ることが出来るのは」
「世界の中の事実だけだ」
カワウソはメモを取った。明瞭な構造だった。語れるものと、語れぬものを、論理によって正確に分ける。語れぬものについては、沈黙する。それが、彼の哲学の全体像だ。
「料理人には、何とお答えになったのでしたか」
「それは語りえぬものだ、と」
「それで、先生は沈黙された」
「沈黙した」
カワウソは深く追及しなかった。ウィトゲンシュタイン先生は、嘘をついていない。淡々と、自分のしたことを認めている。
「動機は」
「ない」
「ご協力、ありがとうございました」
ウィトゲンシュタインは無言で頷き、再びペンを取った。
ウィトゲンシュタイン:研究室で原稿を書いていた。料理人の問いには「それは語りえぬものだ」と告げて沈黙した。動機なし。
老子の庭
老子の庭は、街の南、竹林の奥にあった。小さな池があり、老子はその脇に座っていた。
老子
「老子先生」
老子は微笑み、隣の石を指で示した。座れ、ということらしい。カワウソは座った。
老子は何も言わなかった。茶を二つ、用意して、片方をカワウソに差し出した。
「料理人の件で来ました」
老子は頷いた。
「先生のところに、来たそうですね」
老子はまた頷いた。茶をすすった。
「先生は、何と答えましたか」
老子は、笑った。何も言わなかった。指で池を指した。池に映る空が、ゆらいでいた。
「料理人にも、こうされたのですか」
老子は頷いた。
カワウソはしばらく待った。老子は何も語らない。文字を書く素振りもない。ただ、茶を飲み、池を見ている。
カワウソは粘った。
「先生、料理人に何かを伝えられたはずです。何かを」
老子は穏やかに笑い、最後にひとつだけ、紙に文字を書いた。
道
それだけだった。
カワウソは紙を受け取り、頭を下げた。
「動機は、ありませんね」
老子は頷いた。
老子:庭で茶を出し、文字を書かない。料理人にも非言語で応じた。一文字「道」だけ。 彼の沈黙:語ることそのものを退ける沈黙。言葉を絶対に発さない。
モンテーニュの書斎
モンテーニュは、城の塔の書斎にいた。書物が散乱し、彼は寝椅子に半ば横たわって本を読んでいた。
モンテーニュ
「モンテーニュ先生」
「ああ、カワウソ君。座りなさい。いや、座らずともよい。私自身、座るべきか立つべきか、いつも迷う」
モンテーニュは本を脇に置き、笑った。
「料理人の件で来ました」
「ああ、彼か。気の毒な男だった。私のところで二時間ほど話していった」
「先生は、何と答えましたか」
「何を答えたかと聞かれても困る。私は、自分自身さえ知らない。Que sais-je? 私は何を知るか。何も知らぬ。だから、料理人に助言などできようはずもない」
「それを、料理人にも言われたのですか」
「言ったとも。私は自分の弱さを語った。私は迷う、私は揺らぐ、私は確かなものを持たぬ。料理人もそうあってよい、私はそう言うつもりだった」
「料理人は、それをどう受け取られたでしょうか」
「分からぬ。私は結論を言わない人間だ。だから、彼は結論を持ち帰らなかったはずだ」
「動機は」
「ない。私は『エセー』を書き、自分を試している。それだけだ」
カワウソはペンを止めた。モンテーニュ先生は、ひたすら自分を語った。料理人の話を聞き、自分の弱さで応じた。結論はない。
「ご協力、ありがとうございました」
「カワウソ君、最後に一つ。確かなものを求めるな。私は、確かなものを求めなかったから、ここまで穏やかに生きてこられた」
モンテーニュはまた本を取り上げた。
モンテーニュ:書斎で自分の弱さを延々と語る。料理人にも結論を与えなかった。動機なし。 彼の沈黙:自分について語ることで結論を回避する沈黙。饒舌な沈黙。
ブッダの菩提樹
ブッダは、街外れの菩提樹の下にいた。座禅を組み、目を閉じている。カワウソが近づいても、微動だにしない。
ブッダ
「ブッダ先生」
ゆっくりと、ブッダは目を開けた。
「カワウソよ、座しなさい」
カワウソは隣に座った。
「料理人の件で来ました。先生のところにも、訪ねたと聞きました」
「然り。彼は、人生の意味は何か、と我に問うた」
「先生は、何とお答えになりましたか」
「毒矢の喩えを語った」
ブッダは穏やかに語った。
「ある男が毒矢に射られた。傷は深く、放置すれば死ぬ。医者が来て矢を抜こうとすると、男は言った。待て。誰が射たのか、矢の材質は何か、毒は何か、それを先に知りたい、と。男は答えを得る前に死んだ」
「なるほど」
「人生の意味を問うのは、毒矢の出所を問うようなものだ。問いそのものが、生を妨げる。問いを捨てよ。これが私の答えだ」
「料理人は、それをどう受け取られたでしょうか」
「分からぬ。私は問いを退けた。受け手がそれを問いの放棄と取るか、生の放棄と取るかは、私の領分ではない」
「動機は」
「ない。私は無記である。形而上学の問いには答えぬ。それが私の道だ」
カワウソはペンを止めた。ブッダ先生は、料理人の問いを問いとして受け取らなかった。問いそのものを退けた。
「ありがとうございました」
「カワウソよ、最後に一つ。問いに溺れるな。生は短い」
ブッダは再び目を閉じた。
ブッダ:菩提樹の下で無記。料理人の問いを「捨てよ」と退けた。動機なし。 彼の沈黙:問いそのものを退ける沈黙。問いの形式を否認する。
事務所のデスクにて
夕方、カワウソは事務所に戻った。窓の外、料理人の妻が宿の窓から、娘の頭を撫でているのが見えた。
カワウソはメモ帳を広げた。
ピュロン:判断保留の言葉で答えた。沈黙そのものは置かなかった。
ウィトゲンシュタイン:「語りえぬ」と告げ、その後で沈黙した。
老子:文字を発さず、終盤に「道」一文字だけ残した。
モンテーニュ:自分の無知を饒舌に語り、結論を置かなかった。
ブッダ:「問いを捨てよ」と問い自体を退けた。
五人の沈黙。スタイルはばらばらだ。だが、沈黙したという事実は同じだ。
ではなぜ、料理人は手紙に「答えを得た」と書けたのか。五人とも、答えを与えていないのに。
カワウソは、五人の応じ方をもう一度書き出した。
- ピュロンは、「言えぬ」と語って問いをかわした
- 老子は、「道」と書いて問いをずらした
- モンテーニュは、自分の無知を語って結論を回避した
- ブッダは、「問いを捨てよ」と説いて問いそのものを退けた
- ウィトゲンシュタインは、「それは語りえぬものだ」と告げて、沈黙した
四人は、沈黙の周辺を言葉でかわしている。語ること自体は続いている。だから受け手は、彼らの応じ方を個人の哲学的な癖として処理し、自分の問いの答えだとは見なさない。
ウィトゲンシュタイン先生だけが違う。彼は短い一言で沈黙を哲学的応答として宣言し、そこから先は本当に黙った。語りえぬものは、語ってはならない。これは沈黙を「正しい応じ方」として理論化する命題だ。その理論の下では、沈黙そのものが答えの形をとる。
カワウソはペンを止めた。
ウィトゲンシュタイン先生のところで、机の上にあった原稿の表書きを思い出した。『論理哲学論考』。
「奥さん、ご主人の机に、本は残っていましたか」
カワウソは事務所を出て、宿に向かった。料理人の妻は、娘を寝かしつけたところだった。
「ええ、何冊か。よろしければ、見ていただけますか」
カワウソは妻に連れられて、料理人の家へ戻った。机の上に、開かれたままの薄い哲学書があった。最終ページに、料理人の手で線が引かれている。
語りえぬものについては、沈黙しなければならない
表題は、『論理哲学論考』。
カワウソは静かに本を閉じた。
ウィトゲンシュタイン先生の沈黙は、彼の論理に従えば正しい沈黙だ。だが料理人は、その沈黙を、自分の人生の答えとして受け取った。沈黙の意味は、発した者ではなく、受け取った者が決めた。
カワウソはバッジを正し、ウィトゲンシュタインの研究室へ向かった。
再びウィトゲンシュタインの研究室
ウィトゲンシュタインは、ペンを置いて、カワウソを見た。
「戻ってきたな」
「先生、お聞きしたいことがあります」
「言いたまえ」
「先生は、料理人にそれは語りえぬものだ、とお答えになりました。これは、事実ですね」
「事実だ」
「ではお聞きします。先生の『論理哲学論考』の最後の一行は、何のためにありますか」
ウィトゲンシュタインは少し沈黙した。ペンの先を見ている。
「言語の限界を画定するためだ。語れることと、語れぬことを、明確に分ける」
「語りえぬものを、先生は捨てよとは言っていませんね」
「言っていない」
「では、語りえぬものは、どう扱うべきだと、先生は考えていらっしゃいますか」
「……示されるものだ。語られぬが、示される」
「示される、とは」
「言葉では語れぬが、生のかたちとして示される。倫理、美、宗教。これらは語られぬが、生において示される」
「では、先生」
カワウソはメモ帳を開いた。料理人の家から持ってきた『論理哲学論考』、線の引かれた最終ページ。
「料理人は、先生の沈黙を答えとして受け取り、家を捨てました。沈黙が答えだと」
「私は、答えだとは言っていない」
「言葉では、言っていません。ですが、沈黙そのものが答えだと、料理人は受け取りました。これは、先生の哲学の正しい受け取り方ですか、誤った受け取り方ですか」
ウィトゲンシュタインは、長く沈黙した。
「……誤りだ。沈黙は答えではない。沈黙は、語りえぬものを尊重する態度であって、答えそのものではない」
「では、先生は、料理人がそれを誤解する可能性を、考えていましたか」
「……」
「先生は、沈黙の意味を所有しているのは誰か、考えたことはおありですか。発した者ですか、受け取った者ですか」
ウィトゲンシュタインは、ペンを握り直した。指が震えている。
「沈黙は……受け手のものだ。発した者は、沈黙が何を意味するかを所有しない」
「であるならば、先生」
カワウソは続けた。
「沈黙が答えと受け取られる可能性を予測したうえで、沈黙すべきかどうかを、先生は判断する義務を負っていたのではありませんか」
「……」
「先生の哲学は、語りえぬものは沈黙すべしと説きます。だが、沈黙が他者の生に何をもたらすかは、語られていません。先生の哲学の外側にあります」
「私は……自分の哲学の外側を、考えていなかった」
ウィトゲンシュタインは、ゆっくりとペンを置いた。
「私は、料理人に答えるべきだった。語りえぬからこそ、語りえぬということを、彼が誤解しないように、語るべきだった。それは、論理ではなく、倫理だった」
「先生」
「私の哲学は、論理に閉じていた。他者を、考えていなかった」
ウィトゲンシュタインは、深く息を吐いた。
「料理人を……探してくれ。私は、彼に沈黙の意味を、語る」
依頼完了
事務所に戻ると、カントが来ていた。料理人の妻と娘も一緒だった。
「カワウソ君、報告を聞いた」
「はい」
「ウィトゲンシュタイン君は、料理人を捜索する者を雇った。明日にも、街道を辿って彼を呼び戻すだろう」
「先生」
カントはカワウソに向き直った。
「沈黙は、罪たり得るか。これが今回の問いだった。君の答えは」
「沈黙の意味を、発した者が考えなかったとき、罪たり得ます」
「正確には」
「自分の沈黙が他者にどう受け取られるか、その普遍化可能性を考えずに沈黙すること。それが、嘘なき罪です」
カントは深く頷いた。
「素晴らしい。普遍化の問いは、語ることだけでなく、沈黙することにも適用される。これは、私の定言命法の、新しい応用だ。君が私に教えてくれた」
カントは、上着の内ポケットから、小さな盾の紋章を取り出した。
「カワウソ君、君に普遍の盾を授けよう」
「先生」
「自分の行為が普遍化可能か問う、判断の盾だ。語る行為にも、沈黙する行為にも、適用される。これからの調査に、役立てたまえ」
カワウソは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「私を破った者には、私の理論を渡す。それが、私の定言命法だ。他者にも適用される原理を、自分にも適用する」
カントはふと、料理人の妻と娘を見た。
「君たちは、明日には夫が戻る。それまで、宿でゆっくり休みなさい」
娘がカントに駆け寄り、彼の手を掴んだ。カントは初めて、歩幅以外のものに、心を動かされたような顔をした。
「……うむ」
カントは時計を見た。
「散歩の残り、百二十歩。失礼する」
カントは規則正しい歩幅で、事務所を出ていった。だが、扉を閉める音は、いつもより少しだけ、柔らかかった。
エピローグ
その夜、カワウソは事務所のデスクで、メモ帳をめくっていた。
仲間:4人(ヘーゲル、サルトル、ソクラテス、カント) 学んだ思想:弁証法、実存主義、問答法、定言命法 武器:止揚の鏡、自由の刃、反問の槍、普遍の盾 街角の噂:街の哲学者たちが、ある朝、馬を抱きしめて泣き出すようになった、と
ふと、メモ帳の最後のページに、また自分でも書いた覚えのない文字があった。
沈黙の罪は、四人で見破れた。 だが、街の哲学者を泣かせる者は、語りすぎる罪を犯すかもしれぬ。 言葉は、強い。
カワウソはメモ帳を閉じた。
窓の外、月が街を照らしている。料理人の妻と娘が、宿の窓から、北の街道を見ている。明日には、夫が、父が、戻ってくる。
そして、街の片隅、ある工房の窓越しに、煙草の煙がゆっくりと立ち上っていた。誰かが、夜更けに何かを印刷している。
カワウソは小さく息を吐いた。明日もまた、フィロソフィー街は、にぎやかな一日になりそうだった。
(第四話 了)