
吉本隆明
よしもと たかあき(Yoshimoto Takaaki)
1924年 — 2012年
『共同幻想論』で知られる戦後日本最大の思想家
この人物について
戦後日本の思想界に巨大な影響を与えた在野の思想家・詩人。既存の左翼・右翼の枠組みに収まらない独自の思想的立場を貫いた。
【代表的な思想】
■ 共同幻想論
国家や宗教などの共同体は、個人の幻想(自己幻想)と対になる「共同幻想」として成立すると論じた。柳田國男の民俗学とマルクスの国家論を独自に融合させた画期的な著作。
■ 自立の思想
既成の組織や権威に依存しない知識人の「自立」を一貫して主張した。共産党や新左翼の組織論を批判し、大衆の日常的な感覚を思想の根拠に据えた。
■ マス・イメージ論
1980年代以降、消費社会・映像文化・サブカルチャーに積極的に向き合い、大衆文化を思想の対象として真剣に論じた先駆者となった。
【特徴的な点】
大学に属さない在野の思想家として、詩人・文芸批評家・思想家の三つの顔を持った。娘はよしもとばなな(作家)。
【現代との接点】
SNS時代の「共同幻想」のあり方、知識人と大衆の関係、消費社会における思想の可能性など、吉本の問題提起は現代でも色褪せていない。
さらに深く
【思想の形成】
吉本隆明は1924年、東京月島の下町で船大工の子として生まれた。戦時下の東京工業大学電気化学科で学んだ理科系の素養は、後年の言語論や思想分析に実証的・構成的な手つきとして残ることになる。皇国青年として戦争を信じた彼にとって、敗戦は観念が現実によって打ち砕かれる原体験であり、この挫折が「自分自身の地点」から思想を組み立て直すという姿勢を決定的にした。戦後は労働運動に関わる町工場の技術者として働きつつ詩を書き、試作詩集『固有時との対話』『転位のための十篇』で文学的出発を果たした。1960年安保闘争では既成左翼の指導に従わず独自の行動をとり、『擬制の終焉』で日本共産党の「擬制」と知識人の戦争責任の曖昧さを徹底批判した。花田清輝《はなだきよてる》との有名な論争を経て、戦後知の相互参照図式の中心に立つ存在となる。
【思想的意義】
吉本の中核は1968年の『共同幻想論』に結晶する。人間の意識を自己幻想(個人の内面)、対幻想(男女と家族の関係)、共同幻想(国家・宗教・法といった集団的観念)の三層に切り分け、共同幻想は自己幻想に対して逆立ちの関係にあるとした。国家は個人の意識が疎外・転倒して生成したものであり、個人が共同幻想に呑み込まれないことこそが自立の条件だとする。マルクスの国家論を柳田國男《やなぎたくにお》の『遠野物語』と民俗学的資料によって読み直す独創は、戦後思想の方法論的転機となった。『言語にとって美とはなにか』では言語の機能を自己表出と指示表出の二重性として定式化し、詩と散文の美的基盤を統一的に論じた。『心的現象論』は理科系の素養を総動員して心を物質のレベルから記述する壮大な構想である。
【影響と継承】
1960年代から70年代にかけて、吉本は新左翼運動の内部で最も参照される思想家となり、共産党・ブント・全共闘の各派に独自の影響を及ぼした。反スターリニズムの知的基盤は彼を経由して形成された部分が大きい。1980年代以降は消費社会とサブカルチャーに積極的に関わり、『マス・イメージ論』『ハイ・イメージ論』で流行現象を思想の素材として扱う先駆となった。この態度は東浩紀の動物化論、大塚英志《おおつかえいじ》のサブカル批評に直接連続する。2012年、87歳で没した際には戦後最大の思想家という評価と偶像破壊的批判が同時に語られた。娘はよしもとばなな(吉本ばなな)である。
【さらに学ぶために】
『共同幻想論』が吉本思想への不可欠の入口である。『言語にとって美とはなにか』で文芸批評の方法論に触れ、『心的現象論本論』で体系的思考の射程を掴むとよい。鹿島茂《かしましげる》『吉本隆明1968』は時代と人物の交差を軽やかに描いた評伝。柳田國男『遠野物語』、柄谷行人『日本近代文学の起源』と並べて読むと戦後思想史の地図が立体化する。

