『言語にとって美とはなにか』
げんごにとってびとはなにか
吉本隆明·現代
吉本隆明の文芸批評の方法論を示す代表作
この著作について
戦後日本を代表する思想家・吉本隆明が、詩と批評を架橋する独自の言語論を体系化した理論的主著。
【内容】
本書の中心概念は、言語のはたらきを「自己表出」と「指示表出」の二軸で捉える視点である。自己表出は発話者の内面が外に現れる働き、指示表出は何かを指し示す働きであり、日常言語ではこの二軸が混在しているが、詩においては自己表出の比重が極大化し、報道・学術・法律では指示表出の比重が高まる、と分析される。この枠組みから、短歌、俳句、詩、散文、小説、評論といった諸ジャンルの違い、美しい文章の成立条件、言語表現における「価値」と「表現度」の関係が論じられる。ソシュールや構造主義を独自の仕方で咀嚼した議論でもある。
【影響と意義】
戦後日本の文芸批評の方法論的基盤の一つとして、寺山修司、中上健次《なかがみけんじ》、江藤淳《えとうじゅん》ら多くの表現者に影響を与えた。著者の『言語にとって美とはなにか』と『共同幻想論』『心的現象論序説』とを合わせて、吉本思想の柱をなしている。
【なぜ今読むか】
SNS投稿、LINEやメール、会社の報告書、詩や小説に至るまで、現代人は日々膨大に言葉を書く。その言葉の「美しさ」と「伝達の正確さ」を、どう両立させるのかを理論的に考える手がかりを与えてくれる書物である。
さらに深く
【内容のあらまし】
本書は吉本隆明が長く温めてきた独自の言語論を体系化した著作で、上下二巻にわたる長大な議論を持つ。冒頭で彼は、既存の文芸批評が印象批評と政治的評価のあいだで揺れていることに不満を述べ、言語そのものの本性から美の問題に向かう道を探ると宣言する。
本書の中心概念は、言語のはたらきを二つの軸で捉える視点である。第一が「指示表出」で、これは言葉が外の対象を指し示すはたらき、伝達のための機能を指す。第二が「自己表出」で、これは発話者の内面が言葉そのものに刻まれてしまうはたらき、いわば言葉が自分自身を語り出す側面である。日常会話、新聞記事、学術論文、契約書では、指示表出が前面に出て自己表出は背景に退く。一方、詩歌や私小説では、自己表出が突出し、指示表出は影が薄くなる。
中盤で吉本は、この二軸を使って文学の諸ジャンルを次々と分析していく。短歌、俳句、和歌、現代詩、散文詩、小説、随筆、評論。それぞれが指示表出と自己表出の比率において固有のバランスを持ち、そのバランスがジャンルの本質を作っているとされる。短歌は対幻想の領域から噴き出した自己表出が、定型のなかで強く凝縮される表現形式として論じられる。私小説は作者の自意識が指示の対象としての出来事を上回る瞬間に独自の美を持つ、と分析される。
後半は表現の歴史にあてられる。古事記や万葉集の歌から、芭蕉、近松、近代の漱石、鷗外、自然主義、プロレタリア文学、戦後文学までが、二軸の比率の変動として読み直される。たとえば近代の自我の覚醒は、自己表出の比重の急激な増大として捉えられ、戦後の言語的混乱はその比重が定型を破ったときの現象として位置づけられる。
吉本のもう一つの貢献は、ソシュール言語学のシニフィアン・シニフィエ概念を批判的に再解釈し、表現される「言葉」と表現する「意識」を切り離さない視点を打ち出したことである。本書を読み終えると、毎日書いているメッセージや報告書のなかにも、必ずいくらかの自己表出が滲んでいることに気づき、自分の言葉との関係が少し変わる。
著者
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