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『共同幻想論』

きょうどうげんそうろん

現代

吉本隆明の代表作、国家と個人の関係を幻想論で解明

社会思想哲学

この著作について

戦後日本の思想家・吉本隆明が、マルクス国家論と柳田國男《やなぎたくにお》の民俗学を交差させて書き上げた独自の国家論。

【内容】

本書は人間の意識の働きを三つの層に分けて捉える。個人の内面に閉じる「自己幻想」、男女や家族関係に展開する「対幻想」、そして国家・宗教・法・学校など集合的な制度として現れる「共同幻想」である。吉本は、これら三層が単純に同じ方向に向かうのではなく、共同幻想が自己幻想と「逆立ちの関係」にあると論じる。個人を守るはずの共同体が、かえって個人を束縛するのである。豊富な民俗学的事例、記紀神話、禁忌や祭儀の分析が、抽象的議論を具体的な日本的素材へと接地させる。

【影響と意義】

一九六〇年代末から七十年代の日本の新左翼運動・思想界に決定的な影響を与え、戦後思想の重要な一里塚となった。民俗学と思想哲学を橋渡しする発想は、のちの中沢新一《なかざわしんいち》や近年の日本論にも連なっている。

【なぜ今読むか】

ナショナリズム、家族制度、宗教復興など、共同幻想に属する現象が再び熱を帯びる時代に、経済分析だけでは捉えきれない「幻想」の構造から社会を読み直す視座を、現代的な意義とともに提供してくれる。

さらに深く

【内容のあらまし】

本書は吉本隆明が一九六〇年代後半に書き上げた独自の国家論で、マルクス主義の上部構造論と柳田國男の民俗学を交差させた試みである。冒頭で吉本は、国家を経済的土台の反映とみる古典的マルクス主義に違和感を示し、人間の幻想領域そのものに向き合う必要を説く。

本書の鍵は、人間の意識を三層に分ける枠組みである。第一は「自己幻想」、個人の内面に閉じる夢、空想、自意識の領域である。第二は「対幻想」、男女の性的関係や家族の絆など、二人称的な親密性の領域である。第三が「共同幻想」、国家、宗教、法、学校、儀礼など、共有された幻想体系である。これらは並行するのではなく、互いに影響しあい、ときに対立する。

中盤では、記紀神話と民俗学の素材が分析される。『古事記』のアマテラスとスサノオの挿話や、イザナギの宣命にそむいて「ハハの国」へ行こうとするスサノオの話が、対幻想と共同幻想の交錯として読み解かれる。柳田國男が記録した民間の禁忌や伝承が、共同体の境界を作る装置とされる。例えば、若い男女の恋愛は対幻想に属するが、婚姻として制度化した瞬間、共同幻想の規制が侵入する。

本書の最も挑発的なテーゼは、共同幻想が自己幻想と「逆立ちの関係」にあるという主張である。共同体は個人を守るどころか縛る側に回り、極まれば戦争で死さえ強いる。一方、家族が原始的な国家に転化する結節点として、吉本が着目するのは兄妹・姉弟の対幻想である。この対幻想は、夫婦の対幻想と違って肉体的な性交渉を伴わないため、空間的にいくらでも拡大できる。兄妹・姉弟の近親相姦が自覚的に禁じられたとき、原始的な国家が成立しうるとされる。

後半では、宗教が法に、法が国家に分かれていく過程や、邪馬台的な段階の初期国家の成り立ちなどが議論される。吉本は、共同幻想は経済に還元できず、固有の論理と歴史を持つと繰り返す。共同幻想の批判は、経済的搾取の批判とは別の戦線を要する。

読後に残るのは、家族・国家・宗教を「実体」でなく「幻想の構造」として見直す眼差しと、その幻想がいかに強くわれわれの行動を規定するかへの戦慄である。

著者

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