入門編 · 中世から近代の入口へ · 第23章
神秘主義の系譜
中世ヨーロッパの大学が論証技術を磨き上げていた頃、まったく別の道で神に近づこうとした人々がいました。論理を組み立てる代わりに、神を直接経験することを目指した神秘主義の系譜です。スコラ哲学が神について語ろうとしたのに対し、神秘主義は神を体験しようとした、と言ってもよいかもしれません。
神を経験するとはどういうことか
神秘主義(mysticism)の語源はギリシャ語のミュエイン、すなわち「目を閉じる」「口を閉じる」です。言葉と感覚の外側で、究極のものに直接ふれる経験を指します。古代ではプロティノスの「一者との合一」、東方教会のヘシュカズム、ユダヤ教のカバラなど、宗教の枠を越えて似た主題が繰り返し現れてきました。
神秘体験には共通の特徴があると言われます。言語化不可能性、知性的な明るさ、一瞬で過ぎ去る短さ、そして自分の意志ではコントロールできない受動性。20世紀の心理学者ウィリアム・ジェームズは『宗教的経験の諸相』でこの四つを挙げました。論理で組み立てられた哲学とは異質ですが、それを補完する経験のジャンルとして、神秘主義は哲学史の底流を流れ続けてきました。
マイスター・エックハルト:魂の根底
14世紀ドイツのドミニコ会修道士マイスター・エックハルトは、当時の知識人言語であったラテン語に加え、土地の人々のためにドイツ語で説教を行いました。説教集に残された彼の言葉は、後のドイツ哲学にまで深い影響を残します。
彼の中心概念は「魂の根底」(ゼーレングルント)です。魂の最も奥には、いかなる被造物的なものも介在しない、神とじかに触れ合う場所がある。そこでは私が神を見るのと、神が私を見るのが同じ一つの見ることだ、と彼は語りました。さらに過激な命題として、「神のために神を捨てよ」とも。教会から異端の疑いをかけられ、死後にいくつかの命題が断罪されますが、後世のヘーゲルやハイデガーは彼の思想に強く惹かれました。
スーフィズム:愛の道
イスラム圏では、ガザーリーが歩んだのと同じスーフィズムの伝統が、神秘主義の独自の高みを築きました。スーフィーたちにとって神への接近の鍵は、論理ではなく愛でした。13世紀ペルシャのルーミーの詩は、人間の魂が神という愛の海に溶け込むまでの過程を、葦笛の嘆きや恋人の追慕の比喩で歌い上げています。
旋舞(セマー)と呼ばれる回転の儀礼は、メヴレヴィー教団に受け継がれて今も続いています。一点を見つめながらゆっくりと回り続けるダンサーの姿は、宇宙の運行と魂の中心を一つに重ねる祈りそのものです。9世紀のハッラージュは「我は真理である」と叫んで処刑されましたが、その大胆な合一の言葉は、エックハルトの命題と驚くほど響き合います。地理的に遠く離れた二つの伝統が、似た場所にたどり着いていたのです。
言葉では絶対に伝えきれないと感じた経験が、あなたにもあるでしょうか。それは何を巡るものでしたか。
神秘主義は何を残したか
スコラ哲学が外から神を論証しようとしたのに対し、神秘主義は内側から神を経験しようとしました。両者は対立するように見えて、実は中世という時代の二つの呼吸でした。トマス・アクィナスは晩年に神秘体験を経たあと、「私が書いてきたものは、すべて藁屑のようだ」と語って筆を折ったと伝えられます。論証の極北で経験が口を開いたのです。
神秘主義の遺産は宗教の枠を越えて広がりました。近代ドイツ観念論の絶対者、ロマン主義の自然観、19世紀のショーペンハウアー、20世紀のベルクソンや西田幾多郎の純粋経験。それぞれが、論証の言葉では届かない次元を哲学の中に保ちつづけてきました。第2幕「中世」はここで一区切りです。次の第3幕では、ルネサンスと宗教改革を経て、近代という新しい時代が立ち上がる場面を見ていきます。
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