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中世東洋

ルーミー

Rumi

1207年 — 1273年

神への愛を詩で謳ったペルシアの神秘詩人

スーフィズムイスラーム神秘詩
ルーミー

この人物について

13世紀ペルシアの神秘詩人であり、イスラーム神秘主義(スーフィズム)の最高峰。世界で最も広く読まれる詩人の一人とされる。

【代表的な思想】

■ 回旋舞踊(セマー)

ルーミーの没後に弟子たちと息子が創始したメヴレヴィー教団では、回旋する踊り(セマー)を通じて神との合一を体験する修行法を実践した。身体の回転が自我の消滅と神への帰還を象徴する。

■ 神への愛

ルーミーの詩の根幹は、人間の魂が根源である神から離れた悲しみと、再び神に帰ろうとする激しい愛(イシュク)の表現である。葦笛の嘆きに魂の郷愁を重ねた。

■ マスナヴィー

全6巻・約25000対句からなる韻文の大著で、寓話・逸話・神秘的教えを織り交ぜて人間の魂の旅路を描く。「ペルシア語のクルアーン」とも称される。

【特徴的な点】

神学的議論ではなく詩と音楽と舞踊を通じて神秘体験を伝えた点が独特。師シャムセ・タブリーズィーとの出会いが詩作への転換点となった。

【現代との接点】

宗教の壁を超えた普遍的な愛の詩人として欧米で爆発的な人気を誇る。宗教間対話や異文化理解のシンボルとしても重要な存在である。

さらに深く

【思想の形成】

ジャラールッディーン・ルーミーはホラーサーン地方のバルフ(現アフガニスタン)に生まれたとされる(現タジキスタンのヴァフシュで生まれたとする説もある)。父バハーウッディーンは高名なスーフィー指導者であり、モンゴル軍の進攻を避けて一家は小アジアのコンヤ(現トルコ中央部)に移住した。コンヤではセルジューク朝ルーム王国の庇護のもと、ルーミー自身も父の後を継いで神学者・法学者として尊敬を集めた。しかし1244年、放浪の神秘家シャムセ・タブリーズィーと運命的に出会い、その霊的衝撃によって生涯が一変する。シャムスとの魂の交流は詩作への激しい情熱に変換されたが、シャムスは謎の失踪を遂げ(嫉妬した弟子たちに殺害されたとも伝えられる)、その喪失が逆説的にルーミーの詩を深化させた。

【思想的意義】

ルーミーの思想の中心は、人間の魂が神という根源から離れたことへの郷愁と、再び神へ帰ろうとする愛(イシュク)にある。主著『マスナヴィー』冒頭の葦笛《あしぶえ》の比喩、すなわち葦原から切り離された葦笛が嘆きの歌を奏でる情景は、魂の郷愁を象徴的に描いた一節として古今に響く。ルーミーにとって愛は理性を超える認識の道であり、知識ではなく体験と変容によってのみ到達しうるものであった。回旋舞踊《かいせんぶよう》(セマー)は自我の消滅(ファナー)と神的真理への合一を身体的に実践する祈りの技法であり、神学の教説を感覚と身体の次元に下ろす独創的な試みである。

【影響と継承】

ルーミーの没後、息子スルターン・ワラドによってメヴレヴィー教団が組織され、オスマン帝国の文化的支柱として数百年にわたる影響力を保った。回旋舞踊は現在ユネスコ無形文化遺産に登録されている。20世紀後半以降、英語圏ではコールマン・バークスの自由訳によって爆発的な人気を博し、アメリカで最も読まれる詩人の一人となった。宗教の壁を越えた普遍的な愛の詩人として、現代のスピリチュアリティ、宗教間対話、トランスパーソナル心理学にも大きな影響を与えている。日本では井筒俊彦《いづつとしひこ》がルーミーの講話集を訳し、解説を付した。

【さらに学ぶために】

井筒俊彦『イスラーム哲学の原像』『意識と本質』はスーフィズムの哲学的背景を理解する最良の入口である。ルーミーの講話は井筒俊彦訳(岩波書店「イスラーム古典叢書」)で読める。詩は断片から読み始めるとよい。

主な思想

近い哲学者

影響を受けた人物

関連する著作

著作マスナヴィージャラールッディーン・ルーミー

スーフィズムの頂点とされるルーミーの韻文による神秘主義大詩集

著作イスラーム哲学の原像井筒俊彦《いづつとしひこ》

井筒俊彦《いづつとしひこ》によるイスラム哲学入門の最高峰

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