「意味への意志」
フランクル現代
フランクルが、快楽への意志や力への意志に対して、人を根本で動かすものとして掲げた考え。
この言葉について
さらに深く
【出典】
「意味への意志」は、フランクル(オーストリアの精神医学者、1905年から1997年)が自分の立場を言い表すために使った言葉である。その説明は、『夜と霧』の英語版(Man's Search for Meaning)でロゴセラピーを解説した箇所にある。彼はそこで、フロイトの精神分析が中心に置く快楽原則、言いかえれば快楽への意志と、アドラーの心理学が優越の追求という言葉で重視する力への意志の二つに対比させて、意味への意志を語る、と書いている(原文 a will to meaning in contrast to the pleasure principle、快楽原則に対比しての意味への意志)。日本の百科事典も、フランクルはフロイトとアドラーに学んだと記す。
【よくある誤解】
ここでいう力への意志は、ニーチェではなくアドラーの心理学を指している。フランクルは、ウィーンで生まれた精神療法の三つの学派の中心にある動機を比べており、自分の療法はその三番目にあたる。また、ウィーンのフランクル研究所によれば、ロゴセラピーの土台は強制収容所の体験より前の1930年代にさかのぼり、1938年に初めて発表された。1941年には体系をまとめた本の原稿を書き始めていたが、のちにアウシュヴィッツ・ビルケナウに着いた際、その原稿を捨てさせられた。研究所は、この療法が相談者に特定の意味を与えることはしないとも説明している。
【この言葉のその後】
研究所の年譜は、フランクルが1966年に、英語で書いた最も体系的な本『意味への意志』を書いたと記す。研究所の説明では、人が意味への意志を実現できないとき、底知れない無意味さと空しさを味わうことになる。この考えは、測るための道具にもなった。1964年に心理学者たちが、フランクルのロゴセラピーの考えにもとづく質問紙「PIL(人生の目的)テスト」を作り、1966年には日本語にも訳された。日本の百科事典は、彼が収容所の記録『夜と霧』を書き、ロゴテラピーと呼ばれる独自の心理療法を唱えた人物として紹介している。研究所は今も、意味への意志を、意志の自由、人生の意味と並ぶ、療法の三つの柱の一つに掲げている。
この言葉を残した人物
フランクルのほかの名言
「幸福」の名言
「大麦のパンと水は、飢えた者が口にするとき最高の快を与える」
エピクロスが『メノイケウス宛の手紙』で、質素な食べ物も飢えを満たすとき最高の快をもたらすと述べた一文。
「夢に蝶となりて、蝶の夢か我の夢か知らず」
荘子の名で伝わる『荘子』「斉物論」篇の、胡蝶の夢の問いを縮めて訳した言葉。
「足るを知る者は富む」
老子が『老子』第33章で、満ち足りることを知る者こそ本当に豊かだと説いた言葉。
「物事には、われわれの力の及ぶものと、及ばないものがある」
エピクテトスの教えを伝える『提要』の冒頭で、力の及ぶものと及ばないものを分けた一文。
「ただちに生きよ」
セネカが『人生の短さについて』で、明日を当てにせず今日のうちに生きよと促した言葉。
「幸福とは、完全な徳に即した魂の活動である」
アリストテレスが『ニコマコス倫理学』第1巻で、幸福を徳の発揮として定義した言葉。