「大麦のパンと水は、飢えた者が口にするとき最高の快を与える」
エピクロス古代
エピクロスが『メノイケウス宛の手紙』で、質素な食べ物も飢えを満たすとき最高の快をもたらすと述べた一文。
この言葉について
欠乏が満たされるとき、質素な食べ物も最高の快をもたらす、というエピクロスの快楽論の一文。
【背景】
エピクロスが、メノイケウスという一人の人物に宛てた手紙の一節である。手紙のこの箇所は、質素な食事と贅沢な食事を比べながら、快の大きさが何によって決まるのかを論じている。
【解釈】
快の大きさを決めるのは、食べ物の値段や珍しさではなく、欠乏の苦しみが除かれるかどうかである。飢えという欠乏があるからこそ、大麦のパンと水が最高の快になる。賢者の格言というより、快の生まれ方を述べた理論の文である。
【現代への示唆】
もっと多く、もっと高価にと求め続ける暮らしに対し、満たされるとは何かを問い直させる言葉である。少ないもので足りる力は、運に振り回されない自由にもつながる。
さらに深く
【出典】
エピクロスの『メノイケウス宛の手紙』の一節である。この手紙は、ディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』第10巻に全文が残る。原文は「μᾶζα καὶ ὕδωρ τὴν ἀκροτάτην ἀποδίδωσιν ἡδονήν」(大麦の練り粉と水は最高の快を与える)で、飢えた者がそれを口にするとき、と続く。マーザは大麦の練り菓子で、英訳では bread(パン)とされる。見出しでは、これを大麦のパンと訳している。同じ『哲学者列伝』第10巻でディオゲネスは、エピクロスが手紙の中で、自分は水と粗末なパンで満足していると書いていたとも伝える。賢者は粗末なパンと水でも幸福になれる、という形の文は、エピクロスの著作には無い。
【よくある誤解】
「エピキュリアン」という語は、日本語の辞書でも快楽主義者、享楽主義者、さらに美食家の意味で載っている。しかし百科事典が述べるように、エピクロスの快楽主義は感覚的な快を退け、簡素な生活の中に魂の平静を求めるものだった。手紙自身も、快が目的だと言うとき、それは放蕩者の快楽や官能の快楽のことではないと断っている。といって、粗食そのものを美徳としたのでもない。簡素で安い食事に慣れれば健康に必要なものはすべて足り、たまに贅沢な食事に向かうときにもよい状態で臨め、運命を恐れなくなる、と手紙は理由を挙げる。実際、エピクロスはある手紙で、好きなときにごちそうにできるよう、チーズを小さな壺で送ってほしいと頼んでいる。
【この言葉のその後】
エピクロスのこの考えは、後の著作家にも引かれた。セネカは『倫理書簡集』第25書簡で、自然が求めるのはパンと水であり、その範囲に欲望を収めた者は誰も貧しくない、と書き、そういう者は「cum ipso Iove de felicitate contendat」(ユピテルその人とさえ幸福を競える)と、エピクロスの言葉として続けた。パンと水と幸福を一つの文にまとめた形は、ここに見える。一方、言葉の上では意味がずれていった。日本語の「エピキュリアン」の初出の例として国語辞典が挙げるのは、芥川龍之介の1919年の作品にある、自分はボヘミヤンで君のようなエピキュリアンではない、という台詞である。質素を説いた哲学者の名が、享楽家を指す語にもなったのである。
この言葉を残した人物
エピクロスのほかの名言
「幸福」の名言
「夢に蝶となりて、蝶の夢か我の夢か知らず」
荘子の名で伝わる『荘子』「斉物論」篇の、胡蝶の夢の問いを縮めて訳した言葉。
「足るを知る者は富む」
老子が『老子』第33章で、満ち足りることを知る者こそ本当に豊かだと説いた言葉。
「物事には、われわれの力の及ぶものと、及ばないものがある」
エピクテトスの教えを伝える『提要』の冒頭で、力の及ぶものと及ばないものを分けた一文。
「ただちに生きよ」
セネカが『人生の短さについて』で、明日を当てにせず今日のうちに生きよと促した言葉。
「幸福とは、完全な徳に即した魂の活動である」
アリストテレスが『ニコマコス倫理学』第1巻で、幸福を徳の発揮として定義した言葉。
「幸福とは、持つことではなく、在ることである」
フロムが『生きるということ』で示した「持つ様式」と「ある様式」の対比を要約した言葉として知られる。