「道の道とすべきは、常の道にあらず」
老子古代
老子の著とされる『老子』第1章冒頭の、語りうる道は恒常不変の道ではないと説く句。
この言葉について
さらに深く
【出典】
『老子』(『道徳経』とも呼ばれる)第1章の冒頭である。通行本の原文は「道可道、非常道」(道の道とすべきは、常の道に非ず)で、道として語ることのできる道は、恒常不変の道ではない、という意味になる。1973年に湖南省長沙の馬王堆で、前168年に封じられた墓から二種の絹の写本が見つかり、そこではこの句が「道可道也、非恆道也」となっていた。通行本で「常」となっている字が、この写本では「恆」である。『老子』の注釈で知られる王弼は、語ることのできる道、名づけることのできる名は、事物を指し形を作るものであって、常なるものではない、だから語ることも名づけることもできない、と注している。
【よくある誤解】
この句を、言葉では言えない神秘的な真理一般を説くものとだけ読むと、句の作りを見落とす。冒頭の句の中で、「道」の字は三度、違う働きで現れる。最初と最後は名詞の道だが、真ん中の「可道」の道は、語ることのできる、という意味で読まれ、英語の研究でも、語られうる道と訳されている。また、この句は語れる道は常の道ではないと言っているのであって、言葉がまったく役に立たないと言っているのではない。『史記』によれば、老子自身、関所の役人に請われて、道と徳の意味を説く五千字あまりの書を残して去った。もっともその『史記』も、老子が誰であったかについては諸説を並べ、その真偽を世に知る者はいないと書いている。
【この言葉のその後】
言葉で道を語ることへの疑いは、道家のもう一つの基本文献である『荘子』にも見られる。知北遊篇では、無始という人物が、道は聞くことができず聞けばそれは道ではない、道は言うことができず言えばそれは道ではない、と語る。同じ篇では黄帝が、知る者は言わず、言う者は知らない、という『老子』第56章と同じ句を口にする。一方で、この逆説には皮肉も向けられた。唐の詩人白居易(772〜846年)は詩「老子を読む」で、言う者は黙っている知者に及ばないと老君から聞いたが、老君が知者だというのなら、なぜ自分で五千字もの文を書いたのか、とからかっている。語れないものを語るという緊張は、『老子』の読者が繰り返し向き合ってきた問題なのである。
この言葉を残した人物
老子のほかの名言
「知恵」の名言
「すべてを疑え」
デカルトが『哲学原理』で説いた、真理を求める者は生涯に一度すべてを疑えという原則を縮めた言葉。
「我思う、ゆえに我あり」
デカルトが『方法序説』第4部で、疑いえない哲学の第一原理として示した命題。
「想像力は知識よりも重要だ」
アインシュタインが1929年の雑誌インタビューで、想像力は知識より大切だと答えた言葉。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
孫子が兵法書『孫子』謀攻篇で、彼を知り己を知れば何度戦っても危うくないと説いた言葉。
「知は力なり」
フランシス・ベーコンの言葉とされる格言で、本人の『聖なる瞑想』では近い句が神の知と力を論じる文脈に出てくる。
「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の命題5.6で、言語の限界と世界の限界を重ねた言葉。