「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
孫子古代
孫子が兵法書『孫子』謀攻篇で、彼を知り己を知れば何度戦っても危うくないと説いた言葉。
この言葉について
相手と自分をよく知っていれば、何度戦っても危うい目にあうことはないという、戦いの原則を述べた言葉である。
【背景】
兵法書『孫子』の謀攻篇にある言葉で、原文は「敵」ではなく「彼」と書く。この書は春秋時代の孫武の著と伝えられるが、成立の時期には異説もある。軍事の書だが、人生の知恵としても読み継がれている。
【解釈】
戦う前に相手と自分の実情をつかむことが、身を危うくしないための土台になるという考えである。思い込みではなく、確かな見きわめに基づく判断を求めている。
【現代への示唆】
ビジネスや自己啓発の場面でも広く引用され、相手を調べるだけでなく、自分の力を正しく知ることの大切さを教えている。
さらに深く
【出典】
『孫子』謀攻篇の句で、原文は「知彼知己,百戰不殆」、読みは、彼を知り己を知れば百戦して殆うからず、である。続けて、彼を知らずに己を知れば一勝一負、彼も己も知らなければ戦うたびに必ず危うい、と三つの場合を段階として並べる。地形篇にも、彼を知り己を知れば勝って危うくなく、天を知り地を知れば勝ちは完全になる、という形がある。著者については、『史記』が、斉の人孫武が兵法によって呉王闔廬に会ったと伝える一方、百科事典には、春秋時代の孫武(前500年ごろ)の著とされるが戦国時代(前4世紀)の作であろう、とするものもある。
【よくある誤解】
殆うからずは危うくないという意味で、何度戦っても負けない、いつまでも勝ち続けることを約束する言葉ではない。原文が、相手を知らず自分だけ知れば一勝一負、両方を知らなければ戦うたびに必ず危うい、と並べていることからも、言っているのは負ける危険の大小である。しかも同じ謀攻篇は少し前で、百戦百勝は最善の中の最善ではなく、戦わずに相手の兵を屈服させるのが最善の中の最善だ、と書いている。続けて、最上の戦い方は相手のはかりごとを破ること、次は相手の同盟関係を断つこと、その次が軍を討つことで、城を攻めるのは最も下だ、と順位をつける。
【この言葉のその後】
近代では、毛沢東が1936年12月の「中国革命戦争の戦略問題」でこの句を引いた。自分には明るいが相手に暗い人も、相手には明るいが自分に暗い人も、戦争の法則を学び使うことはできない、と述べたうえで、中国古代の大軍事学者孫武子の書にある知彼知己、百戦不殆という言葉は、学習と使用の二つの段階を含めて言ったものだ、とし、この言葉を軽く見てはならないと書いた。また1972年に出土した銀雀山漢墓の竹簡には『孫子兵法』が含まれており、これまでに見つかった『孫子兵法』の最古の写本である。日本の辞書も、この竹簡によって今の『孫子』が孫武の『孫子兵法』の一部だとわかったと説明している。
この言葉を残した人物
「知恵」の名言
「知は力なり」
フランシス・ベーコンの言葉とされる格言で、本人の『聖なる瞑想』では近い句が神の知と力を論じる文脈に出てくる。
「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の命題5.6で、言語の限界と世界の限界を重ねた言葉。
「人間は考える葦である」
パスカルが遺稿『パンセ』で、人間の弱さと思考による尊厳を一本の葦にたとえた言葉。
「ミネルヴァのフクロウは黄昏とともに飛び始める」
ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、哲学は時代が成熟した後に遅れて現実を理解すると述べた比喩。
「道の道とすべきは、常の道にあらず」
老子の著とされる『老子』第1章冒頭の、語りうる道は恒常不変の道ではないと説く句。
「すべてを疑え」
デカルトが『哲学原理』で説いた、真理を求める者は生涯に一度すべてを疑えという原則を縮めた言葉。