「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の命題5.6で、言語の限界と世界の限界を重ねた言葉。
この言葉について
人間が意味をもって語れる範囲が、そのまま自分にとっての世界の範囲になるという、言語哲学の根本命題。
【背景】
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』(1921年)で述べた命題。言語・論理・世界の関係を厳密に分析した前期哲学の核心にある。
【解釈】
言語は世界の像(写像)であり、世界と思考の限界は、意味のある言語の限界と一致する。言語で表現できない神秘的なものは、哲学が語りうる対象にはならないとした。
【現代への示唆】
言葉にできることとできないことの境目を意識させ、言語と思考の関係を根本から考え直すきっかけとなる。
さらに深く
【出典】
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の命題5.6である。原文は Die Grenzen meiner Sprache bedeuten die Grenzen meiner Welt.(ディー・グレンツェン・マイナー・シュプラーヘ・ベドイテン・ディー・グレンツェン・マイナー・ヴェルト)で、私の言語の限界は私の世界の限界を意味する、という意味だ。この本は番号つきの命題を並べる形をとる。5.6の後には、論理は世界を満たすという5.61、私は私の世界である(小宇宙)という5.63などが続く。間の5.62は、この見方が独我論(世界は私の世界だとする立場)にどこまで真理があるかを決める鍵だと述べる。本はまずドイツ語で1921年に発表され、1922年にロンドンのキーガン・ポール社から英訳版が出た。
【よくある誤解】
この命題を、語彙が多いほど見える世界が広がる、外国語を学べば世界が変わる、という意味に取ると、『論考』の文脈から外れる。『論考』の言語は、英語や日本語といった個々の言語ではない。直後の5.61が示すとおり、問題になっているのは論理であり、世界の限界は論理の限界と重なる。5.62では、世界が私の世界であることは、言語の限界が私の世界の限界を意味することに示される、と言い換えられている。その括弧書き der Sprache, die allein ich verstehe は訳が分かれる箇所で、英訳でも、私が理解する言語とする訳と、私が理解する唯一の言語とする訳がある。序文でも、限界は言語の中でしか引けず、その向こう側は単なるナンセンスだと述べている。語りえないことについては沈黙せよという有名な結びは、最後の命題7であって、5.6とは別の命題である。
【この言葉のその後】
1924年から1936年までウィーン大学で定期的に集まった哲学者と科学者の集団、ウィーン学団の論理経験主義は、論理を同語反復とみなす『論考』の考え方に負っている。一方、ウィトゲンシュタイン自身はのちに前期の考えを大きく改めた。死後の1953年に出た『哲学探究』では、語の意味とは言語の中でのその使用である、という見方が中心になり、言語ゲームという考え方が繰り返し持ち出される。この転換は、意味を表象とみる考えから、使用を探究の要とみる見方への変化と説明される。
この言葉を残した人物
「知恵」の名言
「人間は考える葦である」
パスカルが遺稿『パンセ』で、人間の弱さと思考による尊厳を一本の葦にたとえた言葉。
「ミネルヴァのフクロウは黄昏とともに飛び始める」
ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、哲学は時代が成熟した後に遅れて現実を理解すると述べた比喩。
「道の道とすべきは、常の道にあらず」
老子の著とされる『老子』第1章冒頭の、語りうる道は恒常不変の道ではないと説く句。
「すべてを疑え」
デカルトが『哲学原理』で説いた、真理を求める者は生涯に一度すべてを疑えという原則を縮めた言葉。
「我思う、ゆえに我あり」
デカルトが『方法序説』第4部で、疑いえない哲学の第一原理として示した命題。
「想像力は知識よりも重要だ」
アインシュタインが1929年の雑誌インタビューで、想像力は知識より大切だと答えた言葉。