「上善は水の如し」
老子古代
老子が『老子』第8章で、最高の善を、万物を利して争わない水にたとえた言葉。
この言葉について
さらに深く
【出典】
『老子』第8章の冒頭の句で、原文は「上善若水」、読みは、上善は水の若し、である。続けて、水はよく万物に利益を与えて争わず、人々の嫌がる所にいる、だから道に近い、とあり、さらに住まい、心、人との交わり、言葉、政治、仕事、行動の七つについてよい在り方を並べ、ただ争わないからこそ咎めが無い、と結ぶ。章の要は争わないことにある。なお、作者とされる老子その人について、『史記』の老子の伝記は、老子を周の書庫の記録官だった李耳とする一方、儋という人物が老子だという説も挙げ、世の人はそれが本当かどうか知らない、と書いている。
【よくある誤解】
第8章には、柔らかい水が堅いものに勝つという強さの話は書かれていない。近いのは第78章の、天下に水より柔らかく弱いものは無いが、堅く強いものを攻めるのに水にまさるものは無い、という句である。第8章が水に見ているのは強さではなく、万物を利して争わず、人の嫌がる所にいるという点であり、だから水は、道そのものではなく、道に近いものとされる。さらに1973年に出土した帛書(絹に書かれた写本)では、甲本がこの句の「若」を「治」と書き、乙本は「如」と書く。争わずに当たる所も、甲本と乙本では今の本文と字が違っている。
【この言葉のその後】
水を徳の手本とする見方は、道家だけのものではなかった。儒家の『荀子』宥坐篇では、子貢が、君子が大きな川を見ると必ず眺めるのはなぜかと問い、孔子が、水は広くあらゆる生き物に与えながら作為することがない、それは徳に似ている、と答える。兵法書の『孫子』虚実篇は、軍の形は水にかたどると書き、水が高い所を避けて低い所へ流れるように、軍は敵の充実した所を避けて手薄な所を撃つと説き、水が地形によって流れを決めるように、軍は敵によって勝ち方を決めると続ける。同じ水のたとえが、争わない徳の手本にもなり、勝つための形の手本にもなった。