「すべてを疑え」
デカルト近代
デカルトが『哲学原理』で説いた、真理を求める者は生涯に一度すべてを疑えという原則を縮めた言葉。
この言葉について
確実な真理を見つけるために、まずあらゆる既存の知識や信念を疑い尽くすという、方法的懐疑の精神を表す言葉である。
【背景】
デカルトが確実な知の基盤を求めて行った「方法的懐疑」の方針である。感覚の信頼性や夢と現実の区別はもちろん、数学的な真理さえも疑いの対象にした。
【解釈】
この懐疑は破壊が目的ではなく、疑いえない確実な真理を発見するための建設的な方法である。疑い抜いた末に、デカルトは「我思う、ゆえに我あり」にたどり着いた。
【現代への示唆】
フェイクニュースやデマが蔓延する時代に、情報を鵜呑みにせず批判的に検証する姿勢の重要性を教えてくれる。
さらに深く
【出典】
この言葉のもとになる文は、デカルトがラテン語で書いた『哲学原理』(1644年)の第1部第1節の見出しにある。原文は「Veritatem inquirenti, semel in vita de omnibus, quantum fieri potest, esse dubitandum」で、訳せば「真理を探究する者は、生涯に一度は、できるかぎりすべてについて疑わなければならない」となる。本人の文には違いないが、「生涯に一度」と「できるかぎり」という二つの限定が付いている。続く第2節はさらに進んで、疑わしいものははっきり偽とみなすのが有益だと述べる。
【よくある誤解】
「すべてを疑え」を、何も信じずに生きよというすすめと受け取るのは誤りである。『哲学原理』第1部第3節は、この疑いを日常生活に持ち込んではならず、真理を考えるときにだけ用いるべきだと明言する。実生活では、確実でなくても、ありそうなことに基づいて行動しなければならない場面が多いからだ。第1節によれば、疑う理由は、理性を十分に使えなかった幼いころに感覚に基づいて多くの判断をしてしまい、その先入見が真理の認識を妨げていることにある。疑いは、その先入見を生涯に一度まとめて洗い直すための手続きであり、常に疑い続ける態度とは別物である。
【この言葉のその後】
この原理はラテン語の標語「De omnibus dubitandum est(デ・オムニブス・ドゥビタンドゥム・エスト、すべてを疑うべし)」の形で19世紀にも引き継がれた。デンマークのヘーゲル派マルテンセンは、1838年から39年の冬学期に行ったカントからヘーゲルまでの哲学史講義で、これを近代哲学を開く原理として扱った。別の書評では、学問は絶対的で無限の疑いを要求するとも書いている。キルケゴールは1842年11月から翌年4月ごろ、この標語を題に添えた著作を書いた。本人はそれを近代の思弁哲学への攻撃と位置づけたが、未完に終わり、死後に刊行された。マルクスも1865年の「告白」と題された問答で、自分のモットーにこの標語を挙げている。
この言葉を残した人物
デカルトのほかの名言
「知恵」の名言
「想像力は知識よりも重要だ」
アインシュタインが1929年の雑誌インタビューで、想像力は知識より大切だと答えた言葉。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
孫子が兵法書『孫子』謀攻篇で、彼を知り己を知れば何度戦っても危うくないと説いた言葉。
「知は力なり」
フランシス・ベーコンの言葉とされる格言で、本人の『聖なる瞑想』では近い句が神の知と力を論じる文脈に出てくる。
「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の命題5.6で、言語の限界と世界の限界を重ねた言葉。
「人間は考える葦である」
パスカルが遺稿『パンセ』で、人間の弱さと思考による尊厳を一本の葦にたとえた言葉。
「ミネルヴァのフクロウは黄昏とともに飛び始める」
ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、哲学は時代が成熟した後に遅れて現実を理解すると述べた比喩。