「想像力は知識よりも重要だ」
アインシュタイン現代
アインシュタインが1929年の雑誌インタビューで、想像力は知識より大切だと答えた言葉。
この言葉について
知識には限りがあるが、想像力は世界を取り巻く、と語ったアインシュタインの言葉。
【背景】
1929年に受けた雑誌のインタビューでの答えである。原文は「Imagination is more important than knowledge. Knowledge is limited. Imagination encircles the world.」(想像力は知識より大切だ。知識には限りがある。想像力は世界を取り巻く)である。
【解釈】
知識はすでに分かっていることの蓄えであり、その外へ踏み出すには想像力が要る、という考えである。想像力を知識と対立させるのではなく、知識の限界の先を思い描く力として語っている。
【現代への示唆】
膨大な知識をAIが扱える時代に、人間が新しい問いを立て、まだ無いものを思い描く力の意味は大きくなっている。知識を土台に、その先を想像する姿勢の大切さを伝える言葉である。
さらに深く
【出典】
アインシュタイン本人の発言で、出どころがはっきりしている。1929年10月26日号の雑誌「サタデー・イブニング・ポスト」に載った、ジョージ・シルヴェスター・ヴィーレックによるインタビュー記事「アインシュタインにとって人生とは何か」の中の答えである。ヴィーレックが、では知識より想像力を信頼するのですか、と尋ねたのに対し、アインシュタインはまず「I am enough of the artist to draw freely upon my imagination.」(私は想像力を自由に汲み出せる程度には芸術家だ)と答え、そのあとに想像力は知識より大切だという一文が来る。出典を調べるサイトのQuote Investigatorも、引用は正確で、このインタビューに出ると結論している。
【よくある誤解】
この一句だけを取り出すと、知識は二の次でよいという意味に見える。だが同じインタビューで、彼は、自分は直観とひらめきを信じる、時に自分が正しいと感じるが、正しいと知っているわけではない、と語り、1919年5月29日の日食の観測が自分の直観を裏づけたときも驚かなかった、と付け加えている。感じることと知ることを分け、直観が観測で確かめられることを前提にした発言である。また彼は晩年の回想で、16歳のときに、光の速さで光を追いかけたら振動しながら静止した電磁場が見えるはずだという矛盾に突き当たり、そこに特殊相対性理論の芽が含まれていたと書いている。ただし、この回想には半世紀の後知恵が混じっているおそれが指摘されており、彼がマクスウェルの理論を学んだのは1898年に大学に入ってからだとする資料もある。
【この言葉のその後】
1931年にニューヨークのコヴィチ・フリーデ社から出たアインシュタインの本にも、1919年の日食の話とともに同じ言葉が、前後の言い回しを変えて収められている。そこでは、知識は限られているが、想像力は世界全体を包み込み、進歩を促し、進化を生み出す、それは厳密に言えば科学研究における現実の要因である、と書かれている。インタビューの世界を取り巻くという表現が、ここでは世界全体を包み込むとなり、さらに科学研究の中での位置づけが加わっている。こうして英語の言い回しには、encircles の形と embraces の形の二つが残ることになった。
この言葉を残した人物
「知恵」の名言
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
孫子が兵法書『孫子』謀攻篇で、彼を知り己を知れば何度戦っても危うくないと説いた言葉。
「知は力なり」
フランシス・ベーコンの言葉とされる格言で、本人の『聖なる瞑想』では近い句が神の知と力を論じる文脈に出てくる。
「私の言語の限界が、私の世界の限界を意味する」
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』の命題5.6で、言語の限界と世界の限界を重ねた言葉。
「人間は考える葦である」
パスカルが遺稿『パンセ』で、人間の弱さと思考による尊厳を一本の葦にたとえた言葉。
「ミネルヴァのフクロウは黄昏とともに飛び始める」
ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、哲学は時代が成熟した後に遅れて現実を理解すると述べた比喩。
「道の道とすべきは、常の道にあらず」
老子の著とされる『老子』第1章冒頭の、語りうる道は恒常不変の道ではないと説く句。