「存在は本質に先立つ」
サルトル現代
サルトルが1945年の講演「実存主義はヒューマニズムである」で掲げた、実存主義の中心命題。
この言葉について
さらに深く
【出典】
サルトル(フランスの哲学者)が、第二次世界大戦が終わった1945年の終わりごろにパリで行った公開講演「実存主義はヒューマニズムである」の中心命題で、本人の言葉である(原文 l'existence précède l'essence、レグジスタンス・プレセード・レサンス)。英語圏の哲学事典の解説によれば、この講演には何千人ものパリ市民が詰めかけた。講演は、1943年に出た難解な主著『存在と無』の考えをわかりやすく示したものであり、存在は本質に先立つという言い回しは、『存在と無』と講演の両方に出てくる。
【よくある誤解】
この命題は、存在が本質より大切だという価値の比べ合いではなく、どちらが先かという順番を言っている。講演でサルトルは、それゆえ人間の本性というものは無い、それを考える神がいないからだ、と述べる。人間についてあらかじめ本性を思い描く者がいないので、人間は本性より先に、まず存在するということである。また、この命題で古い哲学が乗り越えられたと考えるのは早い、という批判もある。ハイデガー(ドイツの哲学者)は「ヒューマニズムについての書簡」で、サルトルが実存主義の根本命題を、存在は本質に先立つ、と表現したと紹介したうえで、形而上学の命題を逆さにしても、それは形而上学の命題のままである、と退けた。
【この言葉のその後】
同じ時代のボーヴォワールは、1949年の『第二の性』で、人は女に生まれるのではない、女になるのだ、と書いた(原文 On ne naît pas femme: on le devient、オン・ヌ・ネ・パ・ファム、オン・ル・ドゥヴィヤン)。先の哲学事典は、これを『第二の性』でおそらく最も有名な一文とし、その標的を、女を生物学的事実と見る本質主義の議論だと説明している。本質が生まれつき決まっているという見方を退ける一文として、サルトルの命題と並べて読むことができる。
この言葉を残した人物
サルトルのほかの名言
「哲学」の名言
「色即是空」
『般若心経』で観自在菩薩が舎利子に説く、形あるものはそのまま空であるという一節。
「無知の知」
プラトン『ソクラテスの弁明』で、ソクラテスが知らないことを知っているとは思わないと語った箇所の要約。
「人間は万物の尺度である」
ソフィストのプロタゴラスの著作に由来し、プラトン『テアイテトス』の引用などで伝わる、人間を万物の尺度とする断片。
「無功徳」
梁の武帝に功徳を問われた達磨が答えたと禅宗の伝承が伝える言葉で、『景徳伝灯録』などに見える。
「本来無一物」
『六祖壇経』の通行本が慧能の偈の一句として伝える、もとより一物も無いと詠む禅の言葉。
「廓然無聖」
仏教の最高の真理を問う梁の武帝に、達磨が答えたと禅宗の伝承が伝える言葉で、禅の公案の一つ。