「無知の知」
ソクラテス古代
プラトン『ソクラテスの弁明』で、ソクラテスが知らないことを知っているとは思わないと語った箇所の要約。
この言葉について
自分が知らないことを知っていると思い込まない、というソクラテスの姿勢を表す、日本で広く使われる呼び名。
【背景】
元になるのは、プラトンが師の法廷での弁明として書いた『ソクラテスの弁明』である。デルフォイの神託が、ソクラテスより知恵のある者はいないと告げたことをいぶかったソクラテスは、知者と評判の人々を訪ねて吟味を重ねた。そこで彼が見いだしたのは、相手がわざと知っているふりをしているのではなく、知らないのに知っていると本気で思い込んでいることだった。
【解釈】
この言葉は、へりくだった謙遜の言い回しではなく、探求の出発点を示している。知っているつもりでいる限り、人は問いを立てない。自分の知の限界を自覚したとき、初めて相手と一緒に物事を吟味することができる。
【現代への示唆】
わかったふりをやめることが学びの始まりだという考えは、教育や研究、日々の対話にも通じる。詳しい人ほど、知らないことを知らないと言えるかどうかが、考えを深められるかどうかの分かれ目になる。
さらに深く
【出典】
「無知の知」という言葉そのものは、プラトンの著作には無い。元になるのは『ソクラテスの弁明』21dである。ソクラテスは知者と評判の公人を吟味したあと、この人も私も美しく善いことは何も知らないようだが、と前置きし、自分については「ὥσπερ οὖν οὐκ οἶδα, οὐδὲ οἴομαι」(知らないので、知っているとも思っていない)と語り、この点で自分の方が知恵がある、と考える。英語の「I know that I know nothing」(私は自分が何も知らないことを知っている)も、まさにこの形ではプラトンのどこにも出てこない。
【よくある誤解】
「無知の知」を、自分は何も知らないということだけは知っている、という知の所有として読むと、『ソクラテスの弁明』の言い方からずれる。ソクラテスは、知らないことについて知っていると思い込まない、という思い込みの否定を語っているのであり、何かを「知っている」と言い切ってはいない。この区別を重く見て、日本のソクラテス研究には「無知の知」という呼び名を退け、「不知の自覚」と言い表す立場がある。東京大学の講義資料も、ソクラテスの営みを、知らないのに知っていると思い込む相手の「無知」をあらわにし、「不知の自覚」を促すものと整理している。また、問答の方法を産婆術(マイエウティケー)と呼ぶのは別の対話篇『テアイテトス』の比喩で、男の魂のお産を助ける技とされる。『ソクラテスの弁明』の吟味とは場面が違う。
【この言葉のその後】
何も知らないことだけを知っている、という形は、後代の書き手の要約の中に現れる。古代ローマのキケロは、哲学を論じた著作の第1巻で、ソクラテスは自分は何も知らないと言い、他の人々が知らないことを知っていると思っているのに対し、自分は何も知らないというその一事だけを知っている点で勝っていた、と書いた。そしてそのためにアポロンから最も賢いと言われたのだと、神託の話につないでいる。ここではすでに、一事を知るという知の形になっている。英語で広まった形も、このキケロのラテン語の句にさかのぼる。15世紀ドイツの思想家ニコラウス・クザーヌスも、1453年の著作に、自分が知らないということだけを知っている、という句を書いた。
この言葉を残した人物
ソクラテスのほかの名言
「哲学」の名言
「人間は万物の尺度である」
ソフィストのプロタゴラスの著作に由来し、プラトン『テアイテトス』の引用などで伝わる、人間を万物の尺度とする断片。
「無功徳」
梁の武帝に功徳を問われた達磨が答えたと禅宗の伝承が伝える言葉で、『景徳伝灯録』などに見える。
「本来無一物」
『六祖壇経』の通行本が慧能の偈の一句として伝える、もとより一物も無いと詠む禅の言葉。
「廓然無聖」
仏教の最高の真理を問う梁の武帝に、達磨が答えたと禅宗の伝承が伝える言葉で、禅の公案の一つ。
「万物は数である」
アリストテレスが『形而上学』で伝えたピタゴラス派の学説を、ピタゴラスの言葉として要約した句。
「存在は本質に先立つ」
サルトルが1945年の講演「実存主義はヒューマニズムである」で掲げた、実存主義の中心命題。