「人間は考える葦である」
パスカル近代
パスカルが遺稿『パンセ』で、人間の弱さと思考による尊厳を一本の葦にたとえた言葉。
この言葉について
さらに深く
【出典】
パスカルの遺稿『パンセ』の一節である。パスカルは生前にこの本を出しておらず、死後に遺品の紙の中から見つかった断章がまとめられ、1670年に、宗教とその他のいくつかの主題についてのパスカル氏の思想、という意味の題で刊行された。原文は L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature ; mais c'est un roseau pensant.(ロム・ネ・カン・ロゾー、ル・プリュ・フェーブル・ドゥ・ラ・ナテュール。メ・セタン・ロゾー・パンサン)で、人間は自然のなかで最も弱い一本の葦にすぎない、だがそれは考える葦である、という意味だ。1670年刊の第2版では、この断章は第23章「人間の偉大さ」に置かれている。
【よくある誤解】
「考える葦」を、人間は頭がいいから偉いという知性の自慢として読むと、断章の結びと合わない。断章の結びは、考える力を誇ることではなく、考え方を正すことに向かう。私たちの尊厳はすべて思考のうちにある、満たすことのできない空間や時間によってではなく、思考によって自分を高めなければならない、だから、よく考えるよう努めよう、これが道徳の原理である、とパスカルは書く。直後の断章でも、世界をいくつ所有しても私の尊厳は増えない、宇宙は空間によって私を一つの点のように包み込むが、私は思考によって宇宙を包む、と対比される。人間の弱さだけでも偉大さだけでもなく、その両方を同時に見ることが求められている。
【この言葉のその後】
「考える葦」はフランス語の roseau pensant という言い回しとして定着し、辞書では哲学の語として人間を指すと説明され、パスカルが考え出した比喩だと注記されている。日本では、哲学者の三木清(1897〜1945年)がパスカルを論じた。三木は京都帝国大学で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学してリッケルトやハイデッガーに教えを受け、帰国後の最初の著作『パスカルに於ける人間の研究』(1926年)で哲学界に衝撃を与えた。この本は、1941年に出た後の著作と比べて三木の弁証法の変化をたどる研究の対象にもなっている。英訳版の一つ(注はフランスの哲学者ブランシュヴィックの注に主に拠っている)では、この断章は347番にあたる。
この言葉を残した人物
パスカルのほかの名言
「知恵」の名言
「ミネルヴァのフクロウは黄昏とともに飛び始める」
ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、哲学は時代が成熟した後に遅れて現実を理解すると述べた比喩。
「道の道とすべきは、常の道にあらず」
老子の著とされる『老子』第1章冒頭の、語りうる道は恒常不変の道ではないと説く句。
「すべてを疑え」
デカルトが『哲学原理』で説いた、真理を求める者は生涯に一度すべてを疑えという原則を縮めた言葉。
「我思う、ゆえに我あり」
デカルトが『方法序説』第4部で、疑いえない哲学の第一原理として示した命題。
「想像力は知識よりも重要だ」
アインシュタインが1929年の雑誌インタビューで、想像力は知識より大切だと答えた言葉。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
孫子が兵法書『孫子』謀攻篇で、彼を知り己を知れば何度戦っても危うくないと説いた言葉。