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「人間は考える葦である」

パスカル近代

パスカルが遺稿『パンセ』で、人間の弱さと思考による尊厳を一本の葦にたとえた言葉。

知恵

この言葉について

人間は宇宙の中では葦のように弱い存在だが、考えることができる点で偉大であるという人間観。

【背景】

パスカルが遺稿集『パンセ』で述べた言葉。数学者・物理学者でもあった彼が、宇宙の広大さの前での人間の矮小さと、思考する能力の尊さを対比させた。

【解釈】

広大な宇宙に比べれば人間は取るに足らない存在。しかし宇宙は人間を押しつぶしても、それを知らない。人間は自分の弱さを知っている。この「知っている」ことが人間の偉大さの源泉。

【現代への示唆】

科学技術が発達しても人間は自然の前では無力だが、考える力こそが人間の尊厳の根拠であることを思い出させてくれる。

さらに深く

【出典】

パスカルの遺稿『パンセ』の一節である。パスカルは生前にこの本を出しておらず、死後に遺品の紙の中から見つかった断章がまとめられ、1670年に、宗教とその他のいくつかの主題についてのパスカル氏の思想、という意味の題で刊行された。原文は L'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature ; mais c'est un roseau pensant.(ロム・ネ・カン・ロゾー、ル・プリュ・フェーブル・ドゥ・ラ・ナテュール。メ・セタン・ロゾー・パンサン)で、人間は自然のなかで最も弱い一本の葦にすぎない、だがそれは考える葦である、という意味だ。1670年刊の第2版では、この断章は第23章「人間の偉大さ」に置かれている。

【よくある誤解】

「考える葦」を、人間は頭がいいから偉いという知性の自慢として読むと、断章の結びと合わない。断章の結びは、考える力を誇ることではなく、考え方を正すことに向かう。私たちの尊厳はすべて思考のうちにある、満たすことのできない空間や時間によってではなく、思考によって自分を高めなければならない、だから、よく考えるよう努めよう、これが道徳の原理である、とパスカルは書く。直後の断章でも、世界をいくつ所有しても私の尊厳は増えない、宇宙は空間によって私を一つの点のように包み込むが、私は思考によって宇宙を包む、と対比される。人間の弱さだけでも偉大さだけでもなく、その両方を同時に見ることが求められている。

【この言葉のその後】

「考える葦」はフランス語の roseau pensant という言い回しとして定着し、辞書では哲学の語として人間を指すと説明され、パスカルが考え出した比喩だと注記されている。日本では、哲学者の三木清(1897〜1945年)がパスカルを論じた。三木は京都帝国大学で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学してリッケルトやハイデッガーに教えを受け、帰国後の最初の著作『パスカルに於ける人間の研究』(1926年)で哲学界に衝撃を与えた。この本は、1941年に出た後の著作と比べて三木の弁証法の変化をたどる研究の対象にもなっている。英訳版の一つ(注はフランスの哲学者ブランシュヴィックの注に主に拠っている)では、この断章は347番にあたる。

この言葉を残した人物

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