「ミネルヴァのフクロウは黄昏とともに飛び始める」
ヘーゲル近代
ヘーゲルが『法の哲学』の序文で、哲学は時代が成熟した後に遅れて現実を理解すると述べた比喩。
この言葉について
哲学は時代の出来事がひととおり終わった後に、ようやくその意味を理解するものだという、認識の遅れについての洞察である。
【背景】
ヘーゲルが『法の哲学』(1821年刊)の序文で述べた有名な比喩である。ミネルヴァのフクロウは昼ではなく夕暮れ、つまり一日の終わりになってから飛び立つ。
【解釈】
哲学や理論は、ある時代の現実が成熟しきった後になって、はじめてその本質をつかむことができる。知恵はいつも出来事の後からやって来るという、哲学の役割についての自己理解を示している。
【現代への示唆】
社会がどうあるべきかを語る言葉があふれる今、理論は現実の後を追うものだという指摘は、思想に何を期待できるのかを考え直させてくれる。
さらに深く
【出典】
ヘーゲル本人の文である。『法の哲学』の序文の終わり近くに、ドイツ語で「die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Dämmerung ihren Flug(ミネルヴァのフクロウは、たそがれが訪れてはじめて飛び立つ)」とある。ミネルヴァはローマの知恵の女神で、フクロウはその知恵を象徴する鳥である。直前には、哲学が灰色に灰色を重ねて描くとき、生のひとつの姿はすでに老いており、灰色によってそれを若返らせることはできず、ただ認識できるだけだという文が置かれている。序文の末尾の日付はベルリン、1820年6月25日で、本の初版は1821年に刊行された。
【よくある誤解】
この句は「物事は終わってから分かる」という人生訓として引かれがちだが、文脈はもっと限られている。すぐ前でヘーゲルは、世界がどうあるべきかを教えることについて言えば、哲学はいつも来るのが遅すぎると書く。哲学は、現実がその形成の過程を終えて出来上がった後に、世界の思想として現れるからだという。同じ序文で彼は、この本は国家をあるべき姿として組み立てるものではなく、国家を内に理性をもつものとして把握し叙述する試みだと述べ、哲学とはその時代を思想においてとらえたものだとも書く。フクロウの句は、哲学が未来の設計図を描く役目を引き受けないという宣言である。
【この言葉のその後】
哲学の役目を世界の理解にとどめるこの立場と対照的な言葉を残したのがマルクスである。1845年春に書いた『フォイエルバッハに関するテーゼ』の第11テーゼで、哲学者たちは世界をさまざまに解釈してきただけで、肝心なのは世界を変えることだと記した。このメモはエンゲルスが少し手を加えたうえで、1888年に『フォイエルバッハ論』の付録として初めて公表された。一方でフクロウの句は、ヘーゲル研究そのものの看板にもなった。アメリカ・ヘーゲル学会の機関誌は「The Owl of Minerva(ミネルヴァのフクロウ)」と名づけられ、50年以上にわたってヘーゲル研究の拠点となってきた。
この言葉を残した人物
「知恵」の名言
「道の道とすべきは、常の道にあらず」
老子の著とされる『老子』第1章冒頭の、語りうる道は恒常不変の道ではないと説く句。
「すべてを疑え」
デカルトが『哲学原理』で説いた、真理を求める者は生涯に一度すべてを疑えという原則を縮めた言葉。
「我思う、ゆえに我あり」
デカルトが『方法序説』第4部で、疑いえない哲学の第一原理として示した命題。
「想像力は知識よりも重要だ」
アインシュタインが1929年の雑誌インタビューで、想像力は知識より大切だと答えた言葉。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
孫子が兵法書『孫子』謀攻篇で、彼を知り己を知れば何度戦っても危うくないと説いた言葉。
「知は力なり」
フランシス・ベーコンの言葉とされる格言で、本人の『聖なる瞑想』では近い句が神の知と力を論じる文脈に出てくる。