「死はわれわれにとって何ものでもない」
エピクロス古代
エピクロスが『メノイケウス宛の手紙』などで、死を恐れる理由はないと説いた言葉。
この言葉について
死を恐れる必要はないことを、理詰めで示そうとした古代ギリシアの議論。
【背景】
エピクロスが『メノイケウス宛の手紙』で、幸福に生きるための心得の一つとして説いた教え。同じ言葉は、彼の格言集『主要教説』にも収められている。
【解釈】
恐ろしいのは死そのものではなく、まだ来ていない死を思い描いて今苦しむことである。来たときには少しも煩わせないものを、予期して空しく苦しむのは無益だとエピクロスは考えた。死への恐怖の多くは、想像が生み出したものにすぎない。
【現代への示唆】
死への漠然とした不安を抱える人にとって、恐れを論理で一つずつほどいていく手がかりとして、今も示唆に富む。
さらに深く
【出典】
この言葉は、古代ギリシアの哲学者エピクロス自身の文章にある。『メノイケウス宛の手紙』で、彼は、死はわれわれにとって何ものでもないと考えることに慣れよと勧め、善も悪も感覚のうちにあり、死は感覚の欠如だからだと理由を述べる。そして、われわれが存在するとき死は来ておらず、死が来たときわれわれはもはや存在しないのだから、最も恐ろしい死もわれわれには何ものでもない、と続ける。格言集『主要教説』の第2項にも「ὁ θάνατος οὐδὲν πρὸς ἡμᾶς(ホ・タナトス・ウーデン・プロス・ヘーマース、死はわれわれにとって何ものでもない)」とあり、分解したものは感覚を持たないと理由が添えられている。どちらも、ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』第10巻に収められて伝わった。
【よくある誤解】
死を恐れるなという教えは、命を軽んじてよいという意味ではない。同じ手紙でエピクロスは、賢者は生を拒まず、生きていないことを恐れもしないと述べる。そして、生まれないのがよい、生まれたならできるだけ早く冥府の門をくぐれ、と語る者を、本気でそう思うならなぜ生から去らないのかと退け、よく生きる修練とよく死ぬ修練は同じものだと書く。彼の快楽主義も放蕩の勧めではない。目的としての快楽とは放埒な者の快楽ではなく、身体に苦痛がなく魂がかき乱されないことだと手紙は明言する。死の議論は、身体の健康とならんで至福の生の目的とされる、魂の平静(アタラクシア)を得るための処方なのである。
【この言葉のその後】
エピクロスの議論は、その追随者ルクレティウスの詩『事物の本性について』第3巻に受け継がれた。そこには、それゆえ死はわれわれにとって何ものでもなく、少しもかかわりがない、という一行がある。ルクレティウスはさらに、生まれる前の時間を振り返れば、自然は死後のわれわれの姿を鏡のように見せていると論じた。この論法は「対称性の議論」と呼ばれ、死が悪いのはさらなる良い生を奪うからだという反論とあわせて、今も論じられている。ウィトゲンシュタインも『論理哲学論考』6.4311で、死は人生の出来事ではない、人は死を体験しない、と書き、エピクロスと響き合う言葉を残した。
この言葉を残した人物
エピクロスのほかの名言
「死」の名言
「すべてはたちまち色あせ、物語となる」
マルクス・アウレリウスが『自省録』第4巻で、名声のはかなさを見つめて書いた一節。
「あたかも今日が最後の日であるかのように生きよ」
マルクス・アウレリウスが『自省録』で、毎日を最後の日のように過ごせと自らに課した言葉。
「生死の中に仏あれば、生死なし」
道元が『正法眼蔵』「生死」巻に、中国の禅僧夾山と定山の問答の句を組み替えて記した言葉。
「人生は短くはない、我々がそれを短くしているのだ」
セネカが『人生の短さについて』で、人生が短いのは人が浪費するからだと説いた言葉。
「死に至る病、それは絶望である」
キルケゴールが偽名アンチ・クリマクスの名で出した『死に至る病』で、絶望をこう呼んだ言葉。
「哲学するとは、死ぬことを学ぶことである」
モンテーニュが『エセー』の章題に掲げ、キケロの言葉として引いた古代以来の格言。