「あたかも今日が最後の日であるかのように生きよ」
アウレリウス古代
マルクス・アウレリウスが『自省録』で、毎日を最後の日のように過ごせと自らに課した言葉。
この言葉について
毎日を人生最後の日として過ごすことで、些事にとらわれず本質的なことに集中できるというストアの教え。
【背景】
ローマ皇帝マルクス・アウレリウスが『自省録』に書きつけた心得。第7巻だけでなく第2巻にも同じ趣旨の言葉があり、皇帝が自分自身に向けて何度も言い聞かせた教えである。
【解釈】
今日が最後かもしれないと思えば、つまらない争いや心配は意味を失い、本当に大切なことに意識が向かう。死の意識は恐怖ではなく、生の質を高める道具となる。
【現代への示唆】
先延ばしや惰性の生活への対抗策として、「今日が最後ならどう過ごすか」と自問することは今も有効である。
さらに深く
【出典】
この教えは、ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(在位161〜180年)の『自省録』に実際にある。第7巻69節は、性格の完成とは、毎日を最後の日のように過ごし、激することなく、無気力にもならず、偽りもしないことだ、と書く。ギリシア語では「τὸ πᾶσαν ἡμέραν ὡς τελευταίαν διεξάγειν(ト・パーサン・ヘーメラーン・ホース・テレウタイアーン・ディエクサゲイン、毎日を最後の日のように過ごすこと)」である。第2巻5節にも、生のひとつひとつの行為を最後のもののように行え、という言葉があり、第2巻11節は、今この瞬間にも人生を去りうるのだから、あらゆる行為と思考をそれに合わせて律せよと記す。『自省録』は、彼が自分自身の道徳的な向上のために書いた私的な覚え書きと考えられている。
【よくある誤解】
今日が最後なら好きに生きよ、という刹那的な意味に取ると原文と逆になる。第7巻69節では、最後の日のように生きることは、激すること、無気力に麻痺すること、偽りを演じることのどれもしない、という三つの条件と一体で語られる。第2巻5節でも、最後の行為のように行うとは、軽率さ、理性の命令への感情的な反発、偽善、自己愛、自分に割り当てられた運命への不満を捨てることだと説明される。なお、朝の心構えを書いた第2巻1節の中身は、今日出会うであろう詮索好きで恩知らずな人々への備えであり、死の黙想ではない。英語で Meditations(瞑想)と呼ばれるこの書の題も、近代の編者カゾボンがつけたものである。
【この言葉のその後】
この発想は、マルクスより前のストア派にすでにある。65年に没したセネカは、『ルキリウスへの手紙』第12書簡で、毎日を、人生を締めくくり完結させるもののように整えるべきだと書いていた。『自省録』は、死の切迫や周囲の人々の欠点への苛立ちといった主題に執拗に立ち返る。はっきりした構成がなく一文を抜き出しやすいことも手伝って、マルクスは最も引用されやすい哲学者の一人になったと評される。毎日を最後の日のように、という言葉も抜き出しやすい一文だが、三つの条件と切り離すと意味が変わってしまう。
この言葉を残した人物
アウレリウスのほかの名言
「死」の名言
「生死の中に仏あれば、生死なし」
道元が『正法眼蔵』「生死」巻に、中国の禅僧夾山と定山の問答の句を組み替えて記した言葉。
「人生は短くはない、我々がそれを短くしているのだ」
セネカが『人生の短さについて』で、人生が短いのは人が浪費するからだと説いた言葉。
「死に至る病、それは絶望である」
キルケゴールが偽名アンチ・クリマクスの名で出した『死に至る病』で、絶望をこう呼んだ言葉。
「哲学するとは、死ぬことを学ぶことである」
モンテーニュが『エセー』の章題に掲げ、キケロの言葉として引いた古代以来の格言。
「死への存在」
ハイデガーが『存在と時間』で、人間の存在のあり方を死との関わりからとらえた概念。
「死はわれわれにとって何ものでもない」
エピクロスが『メノイケウス宛の手紙』などで、死を恐れる理由はないと説いた言葉。