専門編 · 思想運動と流派 · 第97章
神秘主義:言葉の外を問う系譜
14世紀ドイツ、ストラスブールの修道院でドミニコ会士マイスター・エックハルトは説教していました。「魂の中で神は神性の砂漠に到達する」「神の最も内なる本質は、何も言えない静寂である」。1329年、教皇庁は彼の命題を異端と宣告しますが、彼自身はその直前に死んでいました。本章では神秘主義の哲学的系譜を辿ります。
否定神学 — プロティノスから偽ディオニュシオスへ
神秘主義の哲学的源流は、3世紀のプロティノス『エンネアデス』にあります。プロティノスは「一者(ヘン)」を、あらゆる述語を超えて純粋な統一として描きました。「一は善でもなく、存在でさえない。それは存在の彼方にある」。神を肯定的に語ることはすべて誤りであり、否定によってのみ近づけるという「否定神学(apophatic theology)」の伝統が、ここに始まります。
6世紀の偽ディオニュシオス・アレオパギテスの著作群(『神秘神学』『天上位階論』)は、新プラトン主義をキリスト教に統合し、否定神学の中世における規範となりました。「神は光ではなく、光と闇を超えた何ものか」「神は存在ではなく、存在の彼方にある」。これらの定式は、後のすべての神秘主義者の語彙となります。
ライン神秘主義 — エックハルト、タウラー、ズーゾー
14世紀のドイツ・ライン地方で花開いた神秘主義は、否定神学の頂点を形成しました。マイスター・エックハルトは「神性(Gottheit)」と「神(Gott)」を区別し、神はまだ何ものかとして規定された姿だが、神性はあらゆる名前を超えた静寂だ、と説きました。魂の最深部の「火花(Fünklein)」が、この神性へと突入する。
彼の弟子タウラーとズーゾーが、この思想をドイツ語で大衆へ届けました。エックハルトは異端宣告にもかかわらず、ニコラウス・クザーヌス、シェリング、ハイデガーへと遺産を残します。「神を求めるなら、神を捨てよ」「魂が無になるとき、神もまた無として現れる」。これらの逆説的な定式は、20世紀の西田幾多郎・西谷啓治・鈴木大拙が禅と接続させる素材となりました。
スペイン神秘主義 — テレサと十字架のヨハネ
16世紀のスペイン宗教改革で、もう一つの神秘主義の頂点が現れます。アビラの聖テレサは、自伝『生涯』と『内的城』で、魂の七つの城を巡る旅として霊的経験を描きました。彼女自身が信者として体験した恍惚(エクスタシス)は、ベルニーニの彫刻で世界に知られる場面です。
彼女の友人にして共同改革者の十字架のヨハネは、暗夜『カルメル山』登攀で「魂の暗夜」を描きました。神に至るためには、感覚と理性の双方の暗夜を通り抜けねばなりません。すべての慰めが取り去られた最深の喪失こそが、神との合一の入り口だ、というラディカルなテーゼでした。20世紀のシモーヌ・ヴェイユは、この伝統を世俗的に再生させた哲学者として読めます。
東西の対話 — 鈴木大拙から神経神学へ
20世紀になると、神秘主義は東西を架橋する哲学的フィールドとなります。鈴木大拙の英文著作『禅仏教論集』、井筒俊彦の比較哲学(イスラム神秘主義スーフィズムとアラビア哲学)、ミルチャ・エリアーデの宗教学的比較研究。エックハルトの「無」、禅の「空」、スーフィーの「ファナー(自己消滅)」が、同じ実在の地平を異なる言語で指し示しているのではないか、という問いが立てられます。
21世紀の神秘主義研究は、神経科学・認知科学とも対話を始めています。アンドリュー・ニューバーグの神経神学、ロビン・カーハート=ハリスのサイケデリック研究は、神秘経験の脳内基盤を探っています。神秘経験は脳の異常なのか、それとも別の現実への扉なのか。次のセクションでは、神秘主義と独自の対話を続けてきた東アジアの哲学に進みます。
思想運動と流派 · 第97章