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神

『神秘神学』

しんぴしんがく

偽ディオニュシオス・アレオパギテス·中世

否定神学を確立した中世神秘主義の根本文献

哲学

この著作について

5世紀から6世紀ごろに「アレオパゴスのディオニュシオス」を名乗る人物によって書かれた、否定神学の代表的著作である。邦訳は教文館『キリスト教神秘主義著作集1』所収の熊田陽一郎訳、平凡社『中世思想原典集成3』所収の今義博訳などで読むことができる。

【内容】

本書において神は、一切の肯定的規定を超えた「闇」「無」「沈黙」として語られる。著者は神について「善である」「存在である」と述べる肯定の道に対し、「善でもなく、存在でもなく、それらを超える」と進む否定の道(via negativa)を提唱する。認識を一段ずつ否定していくことで、知性の限界を踏み越えた地点に「知ることなく知る」神秘的合一が開かれる。短い書物ながら、新プラトン主義の流出論をキリスト教神学に接ぎ木した稠密なテキストである。

【影響と意義】

本書はトマス・アクィナス、マイスター・エックハルト、ニコラウス・クザーヌス、十字架のヨハネにいたる中世から近世の神秘主義の系譜に決定的影響を与えた。プロティノスとキリスト教神学を架橋する文献として思想史上の意義は大きい。

【なぜ今読むか】

語り尽くせないものへの言葉のあり方を問う本書は、説明可能性を求めすぎる現代の知のあり方に静かな揺さぶりをかける。

どの訳で読むか

いま版元に在庫があるのは、平凡社ライブラリーの「中世思想原典集成 精選1」に入った今義博訳で、ほかのギリシア教父やビザンティンの著作と一冊にまとまっている。神名論とあわせて読みたいなら、同じ巻に収められた教文館の熊田陽一郎訳がある。ただし教文館のネット書店では店頭在庫限りの表示なので、図書館や古書も探すことになる(2026年10月時点)。

  • 今義博訳平凡社・平凡社ライブラリー、2018年

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    「中世思想原典集成 精選1 ギリシア教父・ビザンティン思想」に収められている。元の集成の第1〜3巻からギリシア教父とビザンティン思想を選んだ巻で、同じ巻にはユスティノス、オリゲネス、アタナシオス、証聖者マクシモスなどの著作も入る。元は1994年の「中世思想原典集成 3 後期ギリシア教父・ビザンティン思想」(A5判948ページ)で、そちらには天上位階論と書簡集も入っていたが、版元のサイトでは現在品切中と表示されている。精選1はB6変判664ページで、版元のサイトでは在庫ありと表示されている(2026年10月時点)。

  • 熊田陽一郎訳教文館・キリスト教神秘主義著作集 第1巻、1992年

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    第1巻「ギリシア教父の神秘主義」に、ニュッサのグレゴリオスのモーセの生涯(谷隆一郎訳)と、ディオニシオス・アレオパギテースの神名論とともに収められている。神名論と神秘神学の訳者が熊田陽一郎で、巻末にはディオニシオス関係文献表が付く。1992年11月の刊行で、教文館のネット書店では「店頭在庫限り」と表示されている(2026年10月時点、税込6,380円)。

さらに深く

【内容のあらまし】

全5章の短い書で、第1章は三位一体への祈りで始まり、神秘の言葉のいちばん高い頂へ導いてほしいと願う。そこでは神学の奥義が、光にまさる沈黙の闇に隠れているという。ついで、語りかける相手のティモテオスに、感覚も知性のはたらきも、在るものも在らぬものもすべて後に残し、知らないままに上へ引き上げられよと勧める。この話は、在るものを超えるものなど何もないと思い込み、闇を隠れ家とした神を自分の知識で知っていると考える、秘儀を授けられていない人々に聞かせるなという。万物の原因には在るもののあらゆる属性を当てはめるべきだが、それ以上にすべてを否定するのがふさわしく、しかも否定は肯定と対立しないと念を押す。

続いてバルトロマイの言葉が引かれる。神学は多くもあり、ごくわずかでもあるという。著者はこれを、万物の善き原因は多く語られると同時に、ほとんど語られず、言葉も持たないことだと読む。次にシナイ山に登るモーセが例に取られる。モーセはまず身を清め、清めていない者たちから離れ、多くの声のラッパを聞き、幾筋もの光を見る。選ばれた祭司たちと頂に至っても、見るのは神そのものではなく、神のいる場所にすぎない。最後に彼は、見るものからも見られるものからも離れ、無知の闇に入っていく。

第2章は像を彫る者のたとえを出す。余計なものを取り除くだけで、隠れた美しさが現れる。否定とはこの取り除きであり、肯定が最上のものから下っていくのとは逆に、否定は最も低いものから登っていく。

第3章は著者自身の書物の案内になる。神が一であり三であることを論じた神学の概要、善・存在・生命・知恵・力という神の名を論じた書、怒りや悲しみ、酒宴、眠りと目覚めなど感覚的な比喩を扱った象徴の神学が挙げられる。このうち神学の概要と象徴の神学は伝わっておらず、スタンフォード哲学百科事典は、書かれなかった可能性のほうが高いとみる。下へ行くほど言葉は増え、上へ登るほど縮み、登り切れば声はすっかり消える。否定は神から遠いもの、つまり生命や善より先に空気や石から始めるという。

第4章と第5章で否定が実際に行われる。第4章は、万物の原因が生命も知性も欠いてはいないと断ったうえで、物体でも形でもなく、場所のうちになく、見られず、変化も衰えもしないと言う。第5章はさらに登り、魂でも知性でもなく、数でも秩序でもなく、一でも神性でも善でもなく、我々の知る意味での霊でも、子であることでも父であることでもないと進む。闇でも光でもなく、誤りでも真理でもない。結びの一文は、万物の原因があらゆる肯定を超えるだけでなく、あらゆる否定をも超えていると告げる。

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