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天

『天上位階論』

てんじょういかいろん

偽ディオニュシオス・アレオパギテス·中世

中世神秘主義神学の源泉となった天使論の古典

宗教哲学

この著作について

5〜6世紀頃のシリアで活動したと推定される無名の著者「偽ディオニュシオス・アレオパギテス」が著した著作群(『ディオニュシオス文書』)の一篇。新プラトン主義とキリスト教神学を融合させた中世キリスト教神秘主義の源流をなす重要文献。

【内容】

本書は天上の存在の階層秩序を体系化する。三×三=九の天使の階層、すなわち上位三位(セラフィム・ケルビム・トロネス)、中位三位(主天使・力天使・能天使)、下位三位(権天使・大天使・天使)が、神からの光を順次反映・伝達する位階構造として描かれる。すべての階層は神からの「光」の流出を受け、下位の階層に伝達する。これは新プラトン主義の流出論をキリスト教三位一体論に適用したもので、対をなす『地上位階論』では教会組織が同じ位階構造で論じられる。

【影響と意義】

中世スコラ学全般、特にトマス・アクィナスの天使論、ボナヴェントゥラの神秘思想に深い影響を与え、ダンテ『神曲』天国篇の宇宙論の理論的基盤となった。エックハルト、クザーヌスら西欧神秘主義者にも継承され、東方正教会の神学・典礼にも組み込まれている。日本では今義博らの訳業を経て、宗教学・中世思想研究で参照される。

【なぜ今読むか】

超越と内在、光と暗黒、知と無知の弁証法を扱う本書は、宗教的経験の構造論として現代の宗教哲学にも示唆深い。

さらに深く

【内容のあらまし】

司祭仲間のテモテに宛てた形で書かれた、全15章の書である。冒頭に引かれるのは、あらゆる良い贈り物は上から、光の父から下ってくるという聖書の一句だ。父から出る光は私たちを訪れ、一なるものへ連れ戻す。ただし神の光線は、聖なる覆いに包まれなければ私たちを照らせない。だから聖書は、形のない天上の知性を感覚できる像で描いたのだという。

第2章は、天使が牛や獅子や鷲、多くの足と顔をもつ生き物、火の車輪として描かれることの弁明である。神を光や命と呼ぶ似た像よりも、似ても似つかない像のほうが心を高めるという。美しい像は、天上の者を金色の生き物や光り輝く人のように思い込ませかねない。醜い像は心を像の上にとどまらせず、上へと押し上げる。謎めいた像には、聖なる真理を俗人から隠す役目もあるとされる。

第3章で位階が定義される。位階とは、できるかぎり神に似せられた聖なる秩序であり、知であり、働きである。目的は神への同化と合一にあり、清められる者と清める者、照らされる者と照らす者、完成される者と完成させる者がいる。続く二章は、天使という呼び名を、神の隠れたものを最初に受けて人へ知らせる役目から説く。ガブリエルがザカリアとマリアに告げたのも例である。

第6章から第9章は九つの名を解く。著者は、数と秩序を確かに知るのは神だけだと断り、預言者の見た幻だけを語ると述べ、自分の師の教えとして三つ組を三つ並べる。セラフィム、ケルビム、座天使が第一の組で、主天使、力天使、能天使が第二、権天使、大天使、天使が第三になる。ヘブライ語に通じた人々によれば、セラフィムの名は燃えるもの、ケルビムは知の充満や知恵の流れを意味する。人間の位階は天使に委ねられ、ミカエルがユダヤの民の導き手と名指されるように、ほかの民にもそれぞれの天使が配される。要約の第10章は、セラフィムが互いに呼び交わすのを、上の者が下の者へ知を手渡すしるしと読む。

後半は個別の問いに答える。なぜ人間の位階の長が天使と呼ばれるのか。なぜ預言者イザヤを清めに来たのが最高位のセラフィムなのか。後者には二つの解釈を並べ、二つ目で日の光が透明な物質ほどよく通る例を引き、どちらを取るか、よりよい答えを自分で探すかは読み手に委ねる。天使の数が千の千、万の万と言われるのは、人に数えきれないしるしだという。最終章は天使の姿の解釈である。火はあらゆるものの中にあってすべてを混じらずに貫き、働きかける材料が近くになければ姿を隠している。人の姿、目や歯、翼と裸の足、衣と帯、杖や斧、風と雲、馬、車輪までたどり、力の及ばない隠れたものは沈黙によって敬ったと結ぶ。

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