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科学革命

かがくかくめい

近代

近代科学の誕生が世界観と知の体制を根本的に変えた思想的転換

科学方法論

この出来事について

16〜17世紀に起きた近代科学の成立が世界観と知のあり方を根本的に変革した思想的大転換。

【何が起きたか】

中世のスコラ学的自然観(アリストテレス的宇宙論とキリスト教神学の融合)が、新しい観察・実験・数学的方法によって覆された。コペルニクスの地動説(1543年)を出発点に、ガリレオの望遠鏡による観測、ケプラーの惑星運動法則、ニュートンの万有引力と力学法則が相次いで登場し、目的論的な自然観は機械論的な自然観へと転換した。

【思想への影響】

フランシス・ベーコンは帰納法と実験的方法を体系化し「知は力なり」と宣言した。デカルトは数学的方法と合理的懐疑を導入した。クーン科学革命の構造でパラダイムの転換として科学の発展を描き、科学の進歩が累積的ではなく革命的であることを示した。ポパーの反証主義、ラカトシュの研究プログラム論も科学哲学の重要な展開である。

【現代とのつながり】

「証拠に基づいて判断する」「仮説を立てて検証する」という態度は科学革命の遺産である。一方で科学万能主義への警告、科学と価値の関係、科学知の社会的構成性が現代でも問われ続けている。

さらに深く

【背景の深層】

科学革命は突発的な出来事ではなく、12-13世紀のアリストテレス再受容から始まる長い蓄積の延長線上にある。中世大学で培われた論理学的訓練、アラビア数学の導入、ルネサンス期の実験精神、望遠鏡や顕微鏡などの光学技術の進歩が複合的に重なった。コペルニクス(1543)とニュートンプリンキピア(1687)の間には150年近い空白があり、その間にガリレオ、ケプラー、デカルト、ライプニッツ、ボイルら多様な思想家が地道に方法と成果を積み上げた。ロンドン王立協会(1660)、パリ科学アカデミー(1666)といった制度的基盤が整ったこと、書簡共和国と呼ばれる国境を越えた学者ネットワークが機能したことも、知の累積を可能にした不可欠の条件である。

【影響の広がり】

デカルトは方法序説で数学的明証性に基づく方法を提唱し、近代認識論の出発点となった。ベーコンノヴム・オルガヌムで帰納法を体系化し、知識は自然を支配する実践的力だと宣言した。ニュートン力学の成功は「世界は数学的に記述できる」という世界観を定着させ、カントの批判哲学は科学的知識の条件を問う作業として応答した。20世紀にはポパーが反証可能性、クーンがパラダイム論、ラカトシュが研究プログラム論、ファイヤアーベントが方法への反対を通じて、科学の性格そのものを問い直す科学哲学が生まれた。現代の科学技術社会論(STS)、科学的実在論論争、科学の社会的構成論も、すべてこの革命をどう理解するかの延長にある。

【さらに学ぶために】

トーマス・クーン『科学革命の構造』は、科学の進展を連続的でないパラダイム転換として捉え直した20世紀科学哲学の古典である。ハーバート・バターフィールド近代科学の誕生は、科学革命を世界観の転換として描いた読みやすい歴史書である。

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著作近代科学の誕生ハーバート・バターフィールド
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