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「万人の万人に対する闘争」

ホッブズ近代

ホッブズが『市民論』や『リヴァイアサン』で、共通の権力がない自然状態の人間を描いた言葉。

政治

この言葉について

国家権力がなければ、人間は互いに争い合う危険な状態に陥るという、政治哲学の根本的な問題提起を表す言葉である。

【背景】

ホッブズが『リヴァイアサン』(1651年)などで描いた自然状態である。王党派とみなされていた彼は、1640年の暮れにイングランドを離れてパリに亡命し、内戦の時代の大半を国外で過ごした。

【解釈】

自然状態では各人が自己保存のために行動し、万人が万人の敵となる。この恐怖から逃れるため、人々は権利を主権者に譲渡して国家を形成する(社会契約)。

【現代への示唆】

法と秩序の重要性を教える一方で、安全のために自由をどこまで犠牲にすべきかという問いを突きつける。監視社会の是非にも通じる。

さらに深く

【出典】

ホッブズ本人の言葉である。ラテン語の「bellum omnium contra omnes(ベッルム・オムニウム・コントラ・オムネス、万人の万人に対する戦争)」は、『市民論』(初版1642年、改訂版1647年)の序文に出てくる。彼はそこで、市民社会の外にある人間の状態、つまり自然状態は、万人の万人に対する戦争にほかならないことをまず示すと書いた。1651年の英語の『リヴァイアサン』第13章では、人々を畏怖させておく共通の権力がない間、人間は戦争と呼ばれる状態にあり、その戦争は各人の各人に対する戦争だと書く。同じ章には、そこでの人間の生活は孤独で貧しく、つらく残忍で短い、という有名な一節もある。

【よくある誤解】

この「戦争」は、絶えず殴り合っている状態のことではない。ホッブズは、戦争の本質は実際の戦闘にではなく、それに向かう傾向が知られていて、そうでない保証がない期間全体にあると言い、悪天候がにわか雨の一つ二つではなく、雨模様の日が何日も続くことにあるのと同じだとたとえた。また彼は、人類の歴史のある時期に世界中がそうだったと主張したのでもない。こうした時代や状態は一度もなかったと思う人もいるだろうし、世界中で一般にそうだったことはないと自分も信じる、と書いている。この状態では正と不正の観念も成り立たず、共通の権力がない所に法はなく、法がない所に不正はないとされる。

【この言葉のその後】

この自然状態の描き方には、のちに強い反論が出た。ルソーは1755年の『人間不平等起源論』で、人間は善の観念を持たないから本性的に悪いのだとホッブズとともに結論してはならないと書いた。ルソーによれば、ホッブズは、社会が生み出し法を必要にした無数の情念の満足を、自然人の自己保存の配慮に誤って含めてしまった。彼自身の原理から推論するなら、自己保存への配慮が他人の保存を最も妨げない自然状態こそ、平和に最もふさわしいはずだというのである。

この言葉を残した人物

「政治」の名言

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