「人間は本性上、ポリス的動物である」
アリストテレス古代
アリストテレスが『政治学』で人間の本性を述べた言葉で、「人間は社会的動物である」の形でも知られる。
この言葉について
さらに深く
【出典】
アリストテレス本人の文で、『政治学』第1巻(1253a)にある。ギリシア語では「ὁ ἄνθρωπος φύσει πολιτικὸν ζῷον(ホ・アントローポス・ピュセイ・ポリーティコン・ゾーオン)」である。日本語では「政治的動物」「社会的動物」とも訳され、「人間は政治的動物である」「人間は社会的動物である」という形でも広く知られる。「政治的」はポリス(都市国家)に由来する原文の語に沿った訳だが、「社会的」は原文の語とずれる。この文は、ポリスが自然によって成り立つものだという結論と並べて述べられる。人間が蜂やどんな群居動物よりもポリス的なのは、人間だけが言葉(ロゴス)を持つからだという。声は快苦を示すだけだが、言葉は有益と有害、したがって正と不正を示すためにあり、それらを共有することが家とポリスをつくるとされる。
【よくある誤解】
「社会的動物」と訳すと、人は群れて暮らす生き物だという程度の意味になるが、アリストテレスの言う「ポリス的」は、言葉によって正と不正を共に論じる共同体の一員であることを指す。ハンナ・アーレントは『人間の条件』(1958年)でこの訳語を取り上げ、行為と共にあることの結びつきを思えば、この古い訳にも十分な理由があるように見えるとしつつ、ラテン語で「社会的動物」と訳す伝統はセネカにすでに見られ、トマス・アクィナスを通じて標準になったと指摘した。そのうえで、政治的なものを社会的なものに置き換えたこの無意識のすり替えは、ギリシアの政治理解が失われていたことを示すと論じた。
【この言葉のその後】
中世には、トマス・アクィナスがキプロス王に宛てた王政論で、人間にとって、他のあらゆる動物以上に、社会的かつ政治的な動物として多数の中で生きることは自然だと書いた。ラテン語では「animal sociale et politicum(アニマル・ソキアーレ・エト・ポリーティクム)」で、「社会的」と「政治的」が並べられている。トマスはその理由として、他の動物には自然が食物や毛皮、歯や角や爪、あるいは逃げる速さを備えたのに、人間には何も備えられず、その代わりに理性が与えられ、それによって手の働きで必要なものをすべて用意できるが、一人ではそれをまかないきれないことを挙げている。
この言葉を残した人物
アリストテレスのほかの名言
「政治」の名言
「万人の万人に対する闘争」
ホッブズが『市民論』や『リヴァイアサン』で、共通の権力がない自然状態の人間を描いた言葉。
「万国の労働者よ、団結せよ」
マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』の結びに置いた、国を越えた労働者の団結を呼びかける言葉。
「すべての動物は平等である。だが一部の動物は他の動物よりもっと平等である」
オーウェルが『動物農場』の結末近くで、平等を掲げた革命の変質を描くために書いた一文。
「存在が意識を規定する」
マルクスが『経済学批判』の序言で、社会的存在が人間の意識を規定すると述べた一文を縮めた言葉。
「目的は手段を正当化する」
『君主論』などに見るマキャヴェッリの思想を要約した言葉として知られ、結果で手段を評価する考えを表す。