『リヴァイアサン』
ホッブズ·近代
社会契約によって国家の正当性を論じた近代政治哲学の古典
この著作について
イングランド内戦を亡命地パリで見つめていたホッブズが17世紀半ばに公刊した、近代政治哲学の記念碑的著作。
【内容】
全4部構成。第1部「人間について」では、人間を運動する機械として捉える唯物論的自然学から出発し、感覚・想像・情念・理性・言語・権力欲を順に分析する。第2部「国家について」では、自然状態を「万人の万人に対する戦争」と診断し、そこから逃れるために結ばれる社会契約と絶対的主権者の権能が論じられる。第3・4部は、聖書解釈を通じて教会権力から主権を独立させる神学的政治論となる。書名は旧約の巨獣に由来し、巨大な人工的人格としての国家を象徴する。
【影響と意義】
国家の正当性を神意でも伝統でもなく、諸個人の合意から導いた最初の体系的試みで、ロック・ルソー・カント・ロールズに至る社会契約論の共通の出発点となった。秩序なき自然状態から秩序ある政治社会への論理的飛躍を明示したことで、「なぜ私たちは国家に従うのか」という問いを近代政治哲学の中心課題にした。
【なぜ今読むか】
陰鬱な人間観から秩序の必要を導く冷徹な論理は、戦争や社会の分断が語られる現代にこそ重く響く。国家権力の正当性を根本から問い直す思考のトレーニングとして、今なお外せない一冊。
さらに深く
【内容のあらまし】
序論には、有名な口絵の図像がそのまま言葉で解説される。山の向こうから王冠を戴いた巨人が立ち上がり、その身体は無数の小さな人間の集まりでできていて、片手に剣を、もう片方に司教杖を握っている。これが本書の主題である人工的人格としての国家、すなわちリヴァイアサンの肖像である。
第1部「人間について」は人間の解体作業から始まる。感覚は外界の物体が感官に与える運動であり、想像は感覚の残響、夢は鎮静した感覚にほかならない。ホッブズはあらゆる心の働きを物体の運動で説明する。情念は対象に向かう運動か離れる運動かのどちらかにすぎず、欲求と嫌悪が反復されるなかで権力欲が際立つ、と。理性は計算であり、言語が定義を誤ると思考も誤る。第13章で社会論への橋渡しが置かれ、自然状態では人間は能力においてほぼ等しいがゆえに、希少な財をめぐって万人が万人と戦争状態にあると診断される。「孤独で貧しく汚らしく野蛮で短い」生がそこにある。
第2部「国家について」では、自然法によって平和への道が指示される。人々は自衛権の一部を放棄し、それを一人または合議体に委ねる契約を結ぶ。ここに主権者が誕生する。主権は分割不可能であり、立法・徴税・任免・宣戦・最終裁判のすべてを保持する。臣民は主権者を批判してはならないが、自分の生命を守る自由だけは譲渡しえない、と。君主政・貴族政・民主政の比較も置かれるが、ホッブズは安定性の観点から君主政を推奨する。
第3部「キリスト教国家について」では、聖書解釈に膨大な紙幅が割かれる。教会権力を世俗主権から独立させてはならず、聖書の解釈権は主権者に属する、と論じる。預言者の権威、奇跡の真偽、永遠の生命の意味が次々と再解釈され、神学が政治学に組み込まれる。
第4部「闇の王国について」は、当時の教会、特にローマ・カトリックを「妖精の王国」と呼んで風刺する。煉獄の教義、聖人崇拝、悪魔学、スコラ哲学のすべてが、人々を主権者から引き離して別の支配者に従わせるための策略として暴かれる。書は、こうしたまやかしを打ち破った者だけが安全に生きうる、という強い結びで閉じられる。
著者
関連する思想
関連する哲学者と話してみる
