「万国の労働者よ、団結せよ」
マルクス近代
マルクスとエンゲルスが『共産党宣言』の結びに置いた、国を越えた労働者の団結を呼びかける言葉。
この言葉について
さらに深く
【出典】
この言葉は、マルクスとエンゲルスが書いた『共産党宣言』の最後の一行である。原文は「Proletarier aller Länder, vereinigt euch!」で、直訳すれば「すべての国のプロレタリア(賃金で働くほかない無産者)よ、団結せよ」となる。宣言は、初めはドイツ人だけの労働者の結社で、当時の大陸では秘密結社たらざるをえなかった共産主義者同盟の綱領として依頼され、1848年2月にロンドンで、著者名のない23ページの冊子として出た。標語のほうは宣言より少し早く、1847年9月に同盟が出した「共産主義雑誌」の、ただ一つの号の副題に掲げられていた。マルクスは1864年、国際労働者協会の創立宣言の結びでもこの呼びかけを繰り返した。
【よくある誤解】
国境を越えた連帯の合言葉としてだけ読むと、宣言本文の入り組んだ論理を見落とす。第2章は「労働者は祖国を持たない(Die Arbeiter haben kein Vaterland)」と書く一方で、プロレタリアはまず政治的支配を得て自らを国民として構成しなければならず、その意味ではなお国民的だと述べる。第1章も、プロレタリアの闘争は内容の上ではなく形式の上で、まず一国ごとの闘いであり、各国のプロレタリアは当然まず自国のブルジョアジー(資本家階級)と決着をつけねばならないとする。さらに結びの直前で、共産主義者は自分たちの目的が従来の社会秩序全体の暴力的な転覆によってしか達成できないと公然と宣言している。穏やかな助け合いの標語ではなく、革命の呼びかけとして書かれた一文なのである。
【この言葉のその後】
標語は宣言の翻訳とともに広がり、やがて宣言の外にも刻まれるようになった。1888年には、エンゲルスが目を通して手を入れた英訳が出た。日本では、幸徳秋水と堺利彦らが創刊した週刊の「平民新聞」が、創刊1周年記念号に宣言の日本初の翻訳を載せ、その号は発行禁止となった。ソビエト連邦の国章(最初の版は1923年に採用)でも、赤いリボンに連邦を構成する共和国の言語でこの標語が記された。ロンドンのハイゲイト墓地にあるマルクスの墓は、イギリス共産党の資金で建てられて1956年3月15日に除幕され、正面には宣言の結びの一句が英語で刻まれている。23ページの冊子の最後の一行が、国家の紋章や墓碑に刻まれる言葉になったのである。