「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、歴史は変わっていただろう」
パスカル近代
パスカルが『パンセ』で、恋の小さな原因が世界を動かすことを例に、人間の空しさを示した一節。
この言葉について
さらに深く
【出典】
パスカル(フランスの思想家)の遺稿集『パンセ』の断章にある一文で、本人の著作である(原文 Le nez de Cléopâtre, s'il eût été plus court, toute la face de la terre aurait changé、クレオパトラの鼻、それがもっと短かったなら、地上の全表面は変わっていただろう)。この断章は、人間の空しさを十分に知りたい者は恋の原因と結果を考えてみればよい、と始まる。原因は何とも言えない何かであり、結果は恐ろしい。それと見分けられないほど小さなものが、国全体を、君主も軍隊も全世界も揺り動かす、と述べたあとに鼻の一文が来る。英訳では162番の断章である。
【よくある誤解】
この一文を、歴史は偶然で動くという歴史論や、理性への過信を戒める言葉として読むと、断章の書き出しと食い違う。英訳では、すぐ次の163番に、空しさ、恋の原因と結果、クレオパトラ、という覚え書きが続く。また、日本語訳の多くが「低い」を選んだ理由については、フランスの書評誌「アクタ・ファブラ」に載った書評が説明している。日本語訳5種のうち4種が「低い」を選んでおり、鼻の美しさの文化的な基準が違うため、直訳では日本では意味をなさない、という。
【この言葉のその後】
20世紀には、歴史学の方法をめぐる議論で取り上げられた。イギリスの歴史家E・H・カーは、1961年1月から3月にケンブリッジ大学で行った連続講義をもとにした本で、クレオパトラの鼻のような偶然が歴史の流れを変えたことを否定しようとするのは無益だと認めつつ、それらは偶然である限り、歴史の合理的な解釈には入らないと論じた。カーは交通事故のたとえも使い、運転者の飲酒を取り締まれば死者が減ると考えるのは筋が通るが、たばこを禁じれば減ると考えるのは筋が通らない、と述べて、歴史家が扱う原因と偶然を区別した。ここでパスカルの一文は、恋と空しさの話ではなく、偶然の代表例として扱われている。