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法は守るべきか

法に従う義務の根拠と、不正な法への態度を問う

社会・政治

この問いについて

法律は守るべきものだ。しかし、不正な法律も守らなければならないのか。かつての人種差別法や、独裁国家の法律を考えてみよう。法に従うことは、常に正しいのか。

【この問いの背景】

法の遵守は社会秩序の基盤だ。しかし、歴史上の多くの偉大な変革は、不正な法に対する抵抗から生まれた。アメリカの公民権運動やインド独立運動は、不正な法に公然と違反する「市民的不服従」によって成果を上げた。法と正義の関係を問うことは、民主主義社会に生きる者にとって不可欠な思考訓練である。

【哲学者たちの答え】

■ ソクラテスの「法への服従」

ソクラテスは、不当な死刑判決を受けながらも脱獄を拒否した。たとえ不正な判決であっても、法に従うことが市民の義務であり、法を破ることは社会の基盤を壊すことになると考えたのだ。

■ ソローの「市民的不服従」

ソローは、不正な法には従わないことが市民の義務であると主張した。良心に反する法に服従することは、不正に加担することだと考え、奴隷制度に抗議して納税を拒否した。

■ キング牧師の「不正な法とたたかう義務」

キング牧師は、法には正しい法と不正な法があり、不正な法に対しては公然と、非暴力的に、罰を受ける覚悟で抵抗する義務があると述べた。市民的不服従は法の否定ではなく、法をより正しくするための行為だとした。

【あなたはどう考えるか】

法律が不正だと思ったとき、どうすべきか。法を守りつつ変えようとするのか、法に公然と違反するのか。法と正義の関係についての問いは、民主主義の根幹に関わる。

さらに深く

【問いの深層】

法に従う義務の根拠には複数の説がある。社会契約論は、法に従う義務は社会のメンバーとしての暗黙の合意から生じるとする。公正原理は、法の恩恵を受けている以上、その負担も受け入れるべきだとする。しかし、どちらの理論も、根本的に不正な法に対してまで服従の義務を課すのかという問題に直面する。「悪法もまた法なり」というテーゼと、自然法思想の「不正な法は法ではない」というテーゼの対立は、法哲学の核心的な問題だ。

【歴史的展開】

ソクラテスの法への服従は西洋における法と市民の関係の原型を作った。中世ではアクィナスが自然法と人定法の区別を論じ、不正な法に従う義務を限定的に認めた。近代にはホッブズが法への絶対的服従を説き、ロックは暴政に対する抵抗権を認めた。ソローの市民的不服従の思想はガンジーやキング牧師に受け継がれ、20世紀の市民権運動を理論的に支えた。ロールズは『正義論』の中で市民的不服従の正当化条件を論じ、現代の議論の枠組みを作った。

【さらに学ぶために】

ソロー『市民の反抗』は市民的不服従の思想を最初に明確に表現した古典だ。ロールズ『正義論』の市民的不服従に関する章は、法と正義の関係を現代的に論じた重要なテキストである。

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