
フェルディナン・ド・ソシュール
Ferdinand de Saussure
1857年 — 1913年
近代言語学の父、構造主義の源流
この人物について
言語を「差異の体系」として捉え直し、20世紀の人文科学全体を変革する構造主義思想の出発点を築いた近代言語学の父。
【代表的な思想】
■ ラングとパロール
言語を社会的に共有された体系(ラング)と個人の具体的な発話行為(パロール)に区別し、言語学の対象はラングであるべきだとした。
■ シニフィアンとシニフィエ
言語記号は音声イメージ(シニフィアン=能記)と概念(シニフィエ=所記)の結合であり、その関係は恣意的(必然的な結びつきがない)であるとした。
■ 差異の体系
言語の意味は実体ではなく、他の要素との差異によって生まれるとした。「犬」の意味は「猫」「馬」等との違いによって定まる。
【特徴的な点】
主著『一般言語学講義』は本人の著作ではなく、学生のノートから死後に編纂されたもの。直接的な著作が少ないにもかかわらず、その影響力は計り知れない。
【現代との接点】
記号論・構造主義・ポスト構造主義の出発点として、哲学・文学批評・文化研究に浸透している。
さらに深く
【思想の形成】
フェルディナン・ド・ソシュールは1857年、ジュネーヴの科学者一族の家に生まれた。家系には博物学者や物理学者が並び、少年期から母方の叔父らに東洋学やインド学を教わる恵まれた知的環境にあった。ライプツィヒ大学では新文法学派のもとで比較言語学を学び、21歳で発表した『インド・ヨーロッパ諸語における母音の原初体系に関する論考』で、のちにヒッタイト語の発見で実在が確認される「喉音」の仮説的推定を行い、学界を驚嘆させた。パリの高等研究院で十年近く教鞭を執ったのち、1891年にジュネーヴ大学に戻り、1907年から1911年にかけて三度の一般言語学講義を行った。生前に主著と呼べる書物を刊行せず、1913年に56歳で没した後、学生バイイとセシュエが聴講ノートを編纂した『一般言語学講義』(1916年)が世界を変えた。
【思想的意義】
ソシュールの独創は、言語を歴史的変化の蓄積としてではなく、同時代の共時的体系として捉える視点の転換にある。社会的に共有された体系(ラング)と個々の発話行為(パロール)を区別し、言語学の対象をラングに定めた。言語記号は音声イメージ(シニフィアン)と概念(シニフィエ)の恣意的結合であるとされ、意味は実体ではなく他の要素との差異から生まれるとされた。「言語のなかには差異しかない」という有名な命題は、要素の同一性ではなく関係の網の目が意味を構成するという構造的発想の宣言である。さらに「記号学(セミオロジー)」を言語を含む記号全般の科学として構想した先見性は、二十世紀人文学の方向を決定づけた。
【影響と継承】
ソシュールの構造的言語観は、ヤコブソンとトルベツコイによるプラーグ学派の音韻論で精緻化され、レヴィ=ストロースが神話と親族に応用して構造主義人類学を生んだ。ラカンは無意識を言語の構造として読み替え、バルトは神話作用・モード体系の分析に、デリダは脱構築の出発点にこの二項対立を置いた。チョムスキーの生成文法はソシュールのラング概念を批判的に継承しつつ、内在主義的に書き直した。近年公刊された未刊草稿集『一般言語学著作集』は、『一般言語学講義』本の編集上の偏りを相対化し、ソシュール自身の思索の複雑さを再発見する資料となっている。
【さらに学ぶために】
丸山圭三郎《まるやまけいざぶろう》『ソシュールの思想』『ソシュールを読む』が日本語で最良の入口。町田健《まちだけん》『ソシュールのすべて』はコンパクトな概説として便利である。『一般言語学講義』は読み進めながら原文の変遷に注意するとよい。レヴィ=ストロース『構造人類学』、バルト『モードの体系』と並行して読めば、構造主義の射程が具体的に掴める。



