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入門編 · 19〜20世紀の哲学 · 第36

19世紀の応答:ミル・プラグマティズム・フロイト

ニーチェが大陸で神の死を宣言していたのと同じ頃、海峡の向こうのロンドンと、大西洋を越えたボストン、そしてウィーンの診療室では、別の3つの声が同時代の動揺に異なる仕方で応えようとしていました。社会の自由をどう設計するか。真理とは結局のところ何の役に立つのか。人間の心の底で何が起きているのか。それぞれが19世紀後半の宿題に向き合った応答でした。

ミル:自由と功利主義の深化

イギリスのミルは、父ジェイムズやベンサムから受け継いだ功利主義を、量だけでなく質の観点から練り直しました。「満足した豚であるよりも不満なソクラテスであるほうがよい」という有名な一節は、快楽の単純な計算では人間の幸福を測りきれないという気づきから来ています。

自由論(ミル)では、他者に危害を及ぼさない限り個人の自由は侵害されてはならないという危害原理きがいげんりを打ち出しました。多数派の意見が少数派を黙らせる「多数の専制」を警戒し、思想・言論・生活様式の多様性を社会の活力として擁護したのです。19世紀の自由主義は、ここで一つの古典的な姿を得ました。

アメリカの誕生:プラグマティズム

同じ頃、南北戦争を経た新興国アメリカで、若い研究者たちが集まって「メタフィジカル・クラブ」と名乗るインフォーマルな勉強会を続けていました。そこから生まれたのがプラグマティズムです。

論理学者のパースは、ある観念の意味とは、それが引き起こすであろう実際的な効果の総体である、と提案しました。心理学者でもあったジェイムズはこれをさらに広げ、真理とは「うまく働く」信念のことだと論じます。教育哲学者のデューイは、民主主義と教育を地続きのものとして捉え、経験を通じた探究を社会改良の方法に位置づけました。

ヨーロッパの形而上学的な争いから一歩引き、「で、それは私たちの生活で何をもたらすのか」と問い返す態度。これが新世界からの応答でした。

あなたが今信じている考えのうち一つを取り出してみてください。それを信じることで、あなたの行動や関係はどう変わっているでしょうか。何も変わらないとしたら、その信念は本当にあなたのものでしょうか。

フロイト:無意識の発見

舞台はウィーンに移ります。神経科医として働いていたフロイトは、ヒステリーの患者と向き合うなかで、人間の心が自分でも気づかない層を持っていることに気づいていきます。意識の表面の下には、抑圧よくあつされた欲望や記憶がうごめいている。夢や言い間違い、神経症の症状は、そこからの暗号化された便りなのだ、と。

イド・自我・超自我という構造、エディプス・コンプレックス、防衛機制ぼうえいきせい。彼が用いた語彙は20世紀の文化全体に浸透し、人々が自分自身を語る仕方そのものを変えました。理性的な主体という近代の前提は、ここで決定的に揺るがされます。「私は私の家の主人ではない」というフロイトの宣言は、コペルニクスダーウィンに続く三度目の自己愛の傷とも呼ばれます。

3つの応答が告げたもの

自由を制度として守ること、真理を行為のなかで試すこと、心の奥に未知の領域を認めること。ばらばらに見える3つの仕事は、いずれも近代の自信に満ちた人間像をしずかに更新しようとする試みでした。やがて訪れる第一次世界大戦は、この更新作業を一気に加速させ、20世紀の哲学を新しい地平へ押し出していきます。次章ではその激動の入口に立ちます。

19〜20世紀の哲学 · 第36